言実に藻西太郎の罪あるや無きやを探り尽す試験なれば胸の中《うち》如何《いか》ほどか騒立《さわだ》つやらん、藻西太郎は意外にも、無愛想なる調子にて「爾《そう》仰有《おっしゃ》ッても仕方が有りません、自分で殺した者は到底隠し切《きれ》ませんから」と答う、此返事に余は殆ど腰抜すほど驚きたり、あゝ当人が此口調では最早や疑いを容《い》るゝ余地も無し問うも無益、疑うは猶《な》お駄目なり、爾れど目科は猶お挫《くじ》けず「何だとお前が殺した、本統か、本統にお前か」藻西太郎は忽然《こつぜん》として、宛《あたか》も狂人が其狂気の発したるとき、将《まさ》に暴れんとして起《たつ》が如く、怒れる眼《まなこ》に朱を濺《そゝ》ぎ口角に泡を吹きて立上り「私しです、はい私しです、私し一人《いちにん》で殺しました、全体何度同じ事を白状すれば好いのですか、今し方も判事が来て、同じ事を問うたから何も彼も白状しました、ヘイ其白状に調印まで済せました、此上貴方は何を白状させ度《た》くて来たのですか、夫とも私が泣いて居るから信切《しんせつ》に夫を慰めようとて来て下さッたのかも知ませんが、今と為《なっ》ては恐しくも有ません、首切台は知て居ます、はい私しは人を殺したから其罪で殺されるのです」彼れの言条《いいじょう》は愈々《いよ/\》出《いで》て愈々明白なり、流石《さすが》の目科も絶望し、今まで熱心に握み居たる此事件も殆ど見限りて捨んかと思い初めし様子なりしが、空箱を一たび鼻に当て忽《たちま》ち勇気を取留し如く、彼の心を知る余にさえも絶望の色を見せぬうち早くも又元に復《かえ》り「爾《そう》か、本統にお前が殺したのか、夫にしても猶《ま》だ首切台ノ殺されるノと其様な事を云う時では無いよ、裁判と云う者は少しの証拠で人を疑うと同じ事で其代り又少しでも証拠の足らぬ所が有れば其罪を疑うて容易には罪に落さぬ。好いか、此度の事件でもお前の白状は白状だ、夫にしてもお前の白状だけでは足りぬ、猶《な》お其外の事柄を能《よ》く調て愈々《いよ/\》お前に相違ないと見込が附けば其時初めて罪に落す、若しお前の白状だけで外の証拠に疑わしい所が有れば情状酌量《じょう/\しゃくりょう》と云て罪を軽める事も有り又証拠不充分と云て其儘《そのまゝ》許す事も有る」と殆《ほとん》ど噛《かん》で食《ふく》めぬばかり諄々《じゅん/\》と説諭《ときさと》すに罪人は心の
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