は夫こそ余り馬鹿さが過るじゃ無いか」目科は怒りもせず「左様《さよう》、馬鹿さが過るかも知れぬ、事に由ると僕が全くの馬鹿かも知れぬ、けれども今に判然と合点の行く時が来るだろうよ」警察長は聞流して帰り去り、目科も亦《また》言流して余に向い出し抜《ぬけ》に「さア是から二人で警察本署へ行き、捕われて居る藻西太郎に逢て見よう」


          第六回(犬と短銃《ぴすとる》)

 藻西太郎に逢《あっ》て見んとは素《もと》より余の願う所ろ何かは以て躊躇《ためら》う可《べ》き、早速目科に従いて又もや此家を走り出《いで》たり、余と云い目科と云い共に晩餐|前《ぜん》なれど唯《たゞ》此事件に心を奪われ全く饑《うえ》を打忘れて自ら饑たりとも思わず、只管《ひたすら》走りて大通りに出で茲《こゝ》にて又馬車に飛乗りゼルサレム街に在《あ》る警察本署を推《さ》して急《いそが》せたり目科は馬車の中にても心|一方《ひとかた》ならず騒ぐと見え、引切《ひっきり》なしに空《から》の煙草を嚊《か》ぐ真似し時々は「何《ど》うしても見出せねば、爾《そう》だ何うしても見出して呉れる」と打呟く声を洩す、余は目科に向いて馬車の隅にすくみしまゝ一つは我が胸に浮ぶ様々の想像を吟味《ぎんみ》するに急《いそが》わしく一は又目科の様子に気を附けるが忙わしさに一語だも発するひま無し、目科は又暫し考えし末、忽《たちま》ち衣嚢《かくし》を探りて先刻のコロップを取出し宛《あたか》も初めて胡桃《くるみ》を得たる小猿が其の剥方《むきかた》を知ずして空《むなし》く指先にて拈《ひね》り廻す如くに其栓を拈り廻して「何にしても此青い封蝋が大変な手掛りだ何うかして看破《みやぶ》らねば」との声を洩せり、斯《かく》て長き間走りし末、馬車は終《つい》に警察本署に達し其門前にて余等《よら》二人を卸《おろ》したり、日頃ならば警察の庭と聞くのみも先ず身震する方にして仲々足踏入る心は出《いで》ねど今は勇み進みて目科の後に従い入るのみかは常に爪弾《つまはじき》せし探偵|吏《り》の、良民社会に対して容易ならぬ恩人なるを知り我が前に行く目科の身が急に重々しさを増し来《きた》り、其|背長《せたけ》さえ七八寸も延しかと疑わる、即《やが》て其広き庭より廊下へ進み入り曲り曲りて但有《とあ》る小室《しょうしつ》の前に出《いず》れば中《うち》には二三の残り員《いん》、卓子《て
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