だな、夫だけ聞けば沢山だ」と云い目科は更に余に向いて「君、あの卓子《ていぶる》の中《うち》などを検《あらた》めたまえ必ず藻西倉子の写真や艶書《ふみ》などが入《いっ》て居るから」と云う、余は其《その》命《めい》に従わんとするに生田は痛く憤《いきどお》り拳《こぶし》を握りて目科に打て掛らんとせしかども、二人に一人の到底及ばぬを見て取りし如く唯《た》だ悔しげなる溜息を洩すのみ、果して卓子《ていぶる》其他の抽斗《ひきだし》よりは目科の推量せし通り倉子よりの艶書《ふみ》も出で且《かつ》其写真も出たる上、猶お争われぬ大《だい》の証拠と云う可きは血膏《ちあぶら》の痕を留めし最《いと》鋭き両刃《もろは》の短剣なり、殊に其形はコロップの裏の創にシックリ合えり、生田の罪は最早《もは》や秋毫《しゅうごう》の疑い無し。
 是より半時間と経ぬうちに生田は目科と余の間にはさまりて馬車に乗せられ警察本署へと引立られしが余は其道々も余り捕縛の容易なりしに呆《あき》れ「あゝ案じるより産むが易い」と呟けば目科は「先《ま》ア探偵に成て見たまえ斯う易々と捕縛されるのは余り無いから」と答えたり。
 斯《かく》て生田は直《たゞ》ちに牢屋へ入られしが、牢の空気は全く彼れの強情を挫《くじ》きし者と見え彼れ何も彼も白状したり其大要を掻摘《かいつま》めば彼れは久しく藻西太郎と共々に飾物の職人を勤めしだけ太郎の伯父なる梅五郎老人とも何時《いつ》頃よりか懇意に成りたり、此度老人を殺したる目的は全く藻西太郎を憎むの念より出しものにて彼れに人殺しの疑いを被《き》せ其筋の手を借りて亡き者とし其後にて倉子と添遂《そいとげ》ると云う黙算なれば、職人の衣類を捨て故々《わざ/\》藻西の如き商人の風に打扮《いでた》ちプラトを連れて老人の許へ問行《といゆ》きしなり、是だけにて充分藻西に疑いの掛るならんと思いたれど猶お念の上にも念を入れ、老人の死骸の手を取り、傷より出る血に染めて、宛《あたか》も老人自らが書きし如く床に血の文字を書附て立去りしとなり、是だけ語りて生田は最《いと》誇顔《ほこりがお》に「仲々|能《うま》く計《たくん》だと思いましたが老人を殺せば倉子の亭主は疑いを受けて亡き者に成り其上老人の財産は倉子に転《ころが》り込《こん》で倉子は私しの妻に成ると云う趣向ですから石|一個《ひとつ》で鳥二羽を殺す様な者でした、夫が全く外れて仕舞い
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