齒盾ノ登って来たお神さんに尋ねた。
「二階の梯子段のところにあります。」
お神さんは平気な顔で答える。僕も便所が下にあるくらいのことは何でもないと思って、平気で聞いていた。
が、その便所へ行って見ておどろいた。例の腰をかける西洋便所じゃない。ただ、タタキが傾斜になって、その底に小さな穴があるだけなのだ。そしてその傾斜の始まるところで跨ぐのだ。が、そのきたなさはとても日本の辻便所の比じゃない。
僕はどうしてもその便所では用をたすことができなくて、小便は室の中で、バケツの中へジャアジャアとやった。洗面台はあるが、水道栓もなくしたがってまた流しもなく、一々下から水を持って来て、そしてその使った水を流しこんで置く、そのバケツの中へだ。僕ばかりじゃない。あちこちの室から、そのジャアジャアの音がよく聞える。大便にはちょっとこまったが、そとへ出て、横町から大通りへ出ると、すぐ有料の辻便所があるのを発見した。番人のお婆さんに二十サンティム(ざっと三銭だ)のところを五十サンティム奮発してはいって見ると、そこは本当の綺麗な西洋便所だった。
貧民窟の木賃宿だから、などと、日本にいて考えてはいけない。
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