ト行かれた。
 その辺はほとんど軒並みに、表通りは安キャフェと安たべ物屋、横町は安ホテルといった風の、ずいぶんきたない本当の労働者町なんだ。道々僕は、どんな家へつれて行かれるんだろうと思って、その安ホテルの看板を一々読みながら行った。一日貸し、一夜貸し、とあるのはまだいい。が、その下に、折々、トレ・コンフォルタブル(極上)とあって、便所付きとか電燈付きとかいう文句のついたのがある。便所が室についていないのはまだ分る。しかし電燈のないホテルが、今時、このパリにあるんだろうか。僕は少々驚いてつれの女に聞いた。
「ええ、ありますとも、いくらでもありますよ。」
 と言う彼女の話によると、パリの真ん中に、未だ石油ランプを使っているうちがいくらでもあるんだそうだ。僕はそんなうちへつれて行かれちゃ堪らないと思った。そしてそのトレ・コンフォルタブルなうちへ案内してほしいと頼んだ。
 彼女と僕とは、グランドホテル何とかいう名のうちの、三階のある一室へ案内されて行った。なるほど、電燈はたしかにある。が、便所は、室の中にもそとにもちょっと見あたらない。
「便所は?」
 僕は看板に少々うそがあると思いながら、
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