ヘかねてから思っていた。
「いいでしょう、ここにきめよう。」
と僕も仕方なしに、ではあるがまた、ここに住むことについて大きな好奇心を持って答えた。
そしてまず、一カ月百フラン(その時の相場で日本の金の十二円五十銭)という室代の幾分かを払った。東京の木賃宿の一日五十銭に較べればよほど安い。ガスは一サンティムの銅貨を一つ小さな穴の中に入れれば、三度の食事ぐらいには使えるだけの量が出て来るのだそうだ。
すると、こんどは宿帳をつけてくれと言う。今までも、どこのホテルでも宿帳はつけて来たが、そしていい加減に書いて来たが、ここではカルト・ディダンティテ(警察の身元証明書)を見せろと言うのだ。何のことかよく分らんから、連れの女に聞いて見ると、フランスでは外国人はもとより内国人ですらも、みなその写真を一枚はりつけた警察の身元証明書を持っていなければならんのだと言う。勿論そんなものは持っていない。で、仕方なしに、その女と一緒になって、いい加減にそこをごまかしてしまった。
「フランスはずいぶんうるさいんですね。」
僕はホテルを出て、社へ置いて来た荷物を取りに行く途で、女につぶやいた。
「ええ、そし
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