タみにホテルの看板がさがっている。みんな汚ならしい家ばかりだ。女はその中の多少よさそうな一軒を指さして、あのホテルへ行って見ようと言う。看板にはグランドホテル何とかと書いてある。が、はいって見れば、要するに木賃宿なのだ。今あいているという三階のある室に通された。敷物も何にも敷いてない狭い室の中には、ダブル・ベッド一つと、鏡付きの大きな箪笥一つと、机一つと、椅子二つと、陶器の水入れや金だらいを載せた洗面台とで、ほとんど一ぱいになっている。そしてその一方の隅っこに、自炊のできるようにガスが置いてある。すべてが汚ならしく汚れた、そして欠けたり傷ついたりしたものばかりだ。ちょっといやな臭いまでもする。が、感心に、今まで登って来た梯子段や廊下はずいぶん暗かったが室の中はまずあかるい。窓からそとはかなり遠くまで広く開いている。
「なかなかいい室でしょう。」
 と連れの女は自慢らしく言う。とても、お世辞にもいいとは言えない。実は、今までもあちこちのいろんなホテルに泊っているんだが、こんなうちは初めて見たのだ。が、フランスへ行ったら労働者町に住んで見たい、もしできれば労働者の家庭の中に住んで見たい、と
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