て小さくなっている。ちょっとした店でもはって、多少人間らしくしているのは、支那人かあるいはインド人だ。そして、フランス人はみな王侯のような態度でいる。
 西貢で、マダムNと一緒に田舎へ行って、路ばたのある小学校を見た。バラックのような四方開けっぱなしの建物を二つにしきって、三十人ばかりずつの子供がそこで何か教わっていた。僕等がはいって行くと、生徒は一斉に起ちあがって腰をかがめ、先生は急いで教壇から降りて来て丁寧すぎるほどにお辞儀した。それだけで僕はもう少々いやな気がした。
 先生はマダムNの質問に答えて、生徒には絶対に漢字を教えないで、一種のローマ字で書き現した安南語を教えているということを、非常な得意で話した。勿論、それは悪いことじゃない。大いにいいことだろう。が、フランスの植民政府がそうさせる意味と、この先生がそれを得意になる意味とには僕等の同意することのできないあるものがあるのだ。
 安南人の子供等は、こうして教育されて行って、だんだんにフランス語を覚えて、その中の見こみのありそうなものはフランスへ留学させられる。そして帰ると、学校の先生かあるいは何かの小役人にさせられる。僕が前
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