一
いつも旅をする時には、行きは大名帰りは乞食、というのがおきまりなのだが、こんどは例外でそのあべこべに行った。帰りはマルセイユの領事館で二等の切符を買ってもらった。それもうまく行けばほんとうのお大名の一等のをもらえる筈だったが、パリの大使館で誰かがもっとも千万の三等説を持ち出したので、その間をとって二等ときまったのだそうだ。が、行きは、ちゃんと身分相応ふところ相応の三等で行った。
もっともフランスの船の三等というのは、ちょうど郵船の特別三等みたいなもので、二人部屋と四人部屋とあるのだが、僕はその二人部屋にはいった。相客は支那の若い学生だった。
支那の学生は、そのほかに、女二人と男が八人ばかりいた。そしてそれらの人達と僕とが食堂では同じ一つのテーブルについた。みんな少々英語を話す。日本語も一人二人はちょっと話せた。が、どうしたものか、僕はそれらの人達とはあまり仲よしになれなかった。そして僕は、同じ三等のそれらの支那人や、その他の人々とは離れて、大がい四等のデッキ・パセンジアの仲間にはいっていた。
この四等には、最初、上海から乗った支那の労働者二、三十名と、フランスの水
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