は僕じゃあるまいかというので誰かやって来たのだそうだ。そしてその前か後か知らないが、内務省の役人一人と兵庫県の役人一人と都合二人で、僕を探しにパリに来ていたのだそうだ。
その私服は、まだ若い男だったが、その前後にもよくいろいろ親切にしてくれた。そこへ来る途中で買った煙草がもうなくなって困っていると、フランス出来のいやな煙草ではあるが、自分の持っているのを箱のままくれたりもした。また、あとでスペインの国境に向けて追放されようとした時にも、マドリッドよりもバルセロナの方に君等の仲間は多いんだからと言って、わざわざ地図や時間表などを探して来て、そこへ行く道筋や時間を教えてくれたりもした。
が、その男のほかにもう二、三人代る代る僕のそばへ来て番をしている私服がいたが、そいつらの一人は実にいやな奴だった。
「おい、わざわざリヨンから出て来て演説したんだから、大ぶ貰ったろう。」
というようなことを、たぶん戦争で受けた傷だろうと思う口のそばの大きな傷あとを妙に下卑て動かしながら、その口さきをすぐ僕の顔近くまで持って来て尋ねて見たり、また、
「おい、これはドイツで買ったんだろう。」
と言いながら、僕がシンガポールで買って来たしかもイギリスのセフィルド製のマークのついているナイフを取りあげて、いつまでもそう頑ばっていたりした。そしてこれもドイツで買ったのだと言って、それと同じようなのを出して見せたりした。それがその証拠だと言うんだ。そして僕はドイツ政府から金を貰ってフランスの労働者を煽動しに来たのだと言うんだ。
その他あんまりうるさい馬鹿なことばかりを言いやがるんで、お前のような奴とは話はごめんだ、あっちへ行ってくれ、と言ったら、大きな握拳を僕の顔の前に突きだして、
「このボッシュ(ドイツ人)の野郎!」
と怒鳴っておどかしやがった。
「うん、なぐるならなぐって見ろ。」
僕も少々癪にさわったんで、そう言って身構えしたが、さっきの私服がやって来てそいつをほかの室へ連れだした。
本名をあかしたあとの取調べはごく簡単に済んだ。そして僕は一人の私服に連れられて、ほかの建物の中の五階か六階かの上の方へ連れて行かれた。そこで裸になって、身体検査を受けて、写真をとられるのだ。
日本の警視庁では身長や体重を計って指紋をとるくらいのことだが、フランスではさすがもっと科学的に、頭蓋の大き
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