。すると、僕のすぐ前にいた奴が、狐のような声を出しながら、僕の顔をげんこで突っつき始めた。そして、
「この野郎、殺しちゃうぞ」とか、
「支那人のくせにしやがって」とか、
「ドイツ人に買われやがったな」とか言う。
多少はっきりしたフランス語のほかに、何のこととも分らないあるいは熊のような、あるいは猿のような、あるいは狐のような、いろんな唸り声や鳴き声が、僕の上に浴せかけられた。
中には、サックの中からピストルを出して、それで僕の額を突くやら、剣を抜いて頭をなぐる奴まで出て来た。
しかし行くさきはつい近くだったものと見えて、自動車はすぐにとまった。そして奴等は半分は前から僕を引きずりおろしながら、そして半分はうしろから僕をなぐるやら蹴るやらして、ある建物の中に押しこんだ。そこは同じセン・ドニの、ただ南北の区の違う、別な警察だった。そして入口のすぐ奥の広い室にはいると、そいつらが一どきに僕に飛びかかって来て、ネクタイやカラーやバンドや靴ひもを引きちぎって、そのまた奥の監房の中へ押しこんでしまった。
僕はそのままぐっすりと寝た。
翌日は朝早く二人の私服に護送されて、こんどは普通の自動車で警視庁へ行った。
一日またきのうと同じようなことの取調べだ。そして僕が前にパリにいた時の宿屋をいつまでも頑ばって言わなかったら、四、五人で一緒に自動車に乗っけて、どこへ行くのかと思ったら、一々僕のもといた宿へ寄って、そこの主人やお神に顔をたしかめさせた。みんなもう知っていやがったんだ。
そして帰って来ると、外事課の大きな室のそばに一室を構えている、たぶん課長だろうと思う、警視が、
「君は大杉栄と言うんだろう。」
と図星をさしやがった。そこまで分っているんなら、もう面倒臭い、何もかも言ってしまえときめた。
その警視が何かの用でちょっとほかへ行っている間に、さっき自動車で一緒に行った私服の一人が、
「日本でも、うんとメーデーをやったようだから安心したまえ。」
と言いながら、共産党の日刊新聞『ユマニテ』のある小さな一部分を指さして見せた。「数十名の負傷者あり」というような文句がちらりと見えた。また、サン・ドニの僕のことに関する一段あまりの記事も見えた。
それにはもとより僕の本名は出していなかった。それがどうして分ったのかよく分らなかったが、あとで聞くと、日本の大使館からあるい
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