ーた。
こうしてしばらく待っている間にBが帰って来た。僕はNに分らんように、筆談で彼と話しした。彼は僕をいい加減な名でNに紹介した。
翌日僕は、Bの家の近所を歩き廻って、ロシア人の下宿屋を見つけた。そして、ただ少々の前金を払っただけで、名も何にも言わずにそこの一室に落ちついた。
僕は食堂へ出るのを避けて、いつも自分の室で食事した。したがって、下宿屋の神さんでもまたほかの下宿人でも、ほとんど顔を見合したことがなかった。二日経っても三日経っても、宿帳も持って来なければ、名刺をくれとも言って来ない。僕は呑気なもんだなと思いながら、支那人のボーイに僕がどこの国の人間だか分るかと聞いて見た。ボーイは何の疑うところもないらしく、
「イギリス人です。」
と答えた。僕は変なことを言うと思って、
「どうしてそう思う?」
と問い返した。
「お神さんがそう言いましたから。」
ボーイは、神さんと同じように、ごく下手な僕の英語よりももっと下手な英語で、やはり何の疑うところもないような風で答えた。
「ハァ、奴等は僕をイギリス人と支那人との合の子とでも思っているんだな。」
僕はこれはいい具合だなと思いながら、そのボーイの持って来た夕飯の皿に向った。実際、こうした下宿屋には、東洋人が来ることはほとんど絶対にない。お客はみな毛唐ばかりなのだ。
六
上海に幾日いたか、またその間何をしていたか、ということについては今はまだ何にも言えない。ただそこにいる間に、ベルリンの大会が日延べになったことが分ったので、ゆっくりと目的を果たすことができた。そして、その間に、日本では、僕が信州の何とか温泉へ行ったとか、ハルピンからロシアへ行ったとか、香港からヨーロッパへ渡ったとか、いやどことかで捕まったとか、というようないろんな新聞のうわさを見た。上海の支那人の新聞にも、そうしたうわさを伝えたほかに、ロシアから毎月幾らかの宣伝費を貰っている、というようなことまでも伝えた。
そして、本年某月某日、僕は四月一日の大会に間に合うように、ある国のある船で、そっとまた上海を出た。途中のことも今はまだ何にも言えない。
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(上海で何をしていたのかは日本に帰った今でもまだ言えないが、ここで大会の日延べになったことが分ったとか、日本でのいろいろなうわさを聞いたとかいうのはうそだ。それはパ
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