鰍ヨ行ってからのことなのだ。途中でのことはほかの記事にちょいちょい書いてある。)
[#ここで字下げ終わり]

 某月某日――これがあんまり重なっては読者諸君にはなはだ相済まないのだが、仕方がない、まあ勘弁して貰おう――どこをどうしてだか知らないが、とにかくパリに着いた。
 コロメルの宛名の、フランス無政府主義同盟機関『ル・リベルテエル』社のあるところは、パリの、しかもブウルヴァル・ド・ベルヴィル(強いて翻訳すれば「美しい町の通り」)というのだ。地図を開いて見ても、かねてから名を聞いているオペラ座なぞのある大通りと同じような、大きな大通りになっている。
 いずれその横町か屋根裏にでもいるだろう、と思って行って見ると、なるほど大通りは大通りに違いないが、ちょうどあの、浅草から万年町の方へ行く何とかいう大きな通りそのままの感じだ。もっとも両側の家だけは五階六階七階の高い家だが、そのすすけた汚なさは、ちょっとお話にならない。自動車で走るんだからよくは分らないが、店だって何だか汚ならしいものばかり売っている。そして通りの真中の広い歩道が、道一ぱいに汚ならしいテントの小舎がけがあって、そこをまた日本ではとても見られないような汚ならしい風の野蛮人見たいな顔をした人間がうじゃうじゃと通っている。市場なのだ。そとからは店の様子はちょっと見えないが、みな朝の買物らしく、大きな袋にキャベツだのジャガ芋だの大きなパンの棒だのを入れて歩いている。
 ル・リベルテエル社は、それでも、その大通りの、地並みの室にあった。週刊『ル・リベルテエル[#「ル・リベルテエル」は底本では「ル・リベルテェル」]』(自由人)月刊『ラ・ルヴィユ・アナルシスト』(無政府主義評論)との事務所になっているほかに、ラ・リブレリ・ソシアル(社会書房)という小さな本屋をもやっているので、店はみな地並みにあるわけなのだ。
 その本屋の店にはいると、やはりおもてにいるのと同じような風や顔の人間が七、八人、何かガヤガヤと怒鳴るような口調でしゃべっていた。その一人をつかまえてコロメルはいないかと聞くと、奥にいると言う。奥と言っても、店からすぐ見える汚ならしい次の部屋なのだ。そこもやはり、同じような人間が七、八人突立っていて、ガヤガヤとしゃべっているほかに、やはり同じような人間が隅っこの机に二人ばかり何か仕事をしていた。その一つの机のそ
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