に言った若い安南人というのも、やはり以前フランスに留学して、帰ってしばらく役人もやって、今また再度の留学をするのだった。
僕は支那で、外国人のところに使われている支那人が、その同国人にいやに威張るのを見た。それと同じことを、この若い安南人はそうでもなかったが、やはり安南ででもあちこちで見た。ことに安南人の兵隊や巡査なぞはなおさらにそれがひどかった。
が、このフランス留学には、それと違った妙な意味あいからもある。安南人と言っても、そうそう卑劣と屈辱とにかたまっているものばかりじゃない。いろんな人間が出て来る。そしてフランスの官憲は、彼等に多少の言論の自由を許さなければならないまでに、余儀なくされている。しかし、その人間どもの中で、少し硬骨でそして衆望のあるのが出ると、すぐにそれをパリへ留学させる。そして毎月幾分の金をやってどこかのホテルの一室に一生を幽閉同様にして置く。
その一人に、パリでそっと会う筈にしていたが、やはりいろんな面倒があって、とうとうそれを果すことができなかった。
七
英領やオランダ領の、マレー、ジャワ、スマトラなどの土人も、みな安南人と同じように乞食のような生活をしている人間ばかりのように見えた。シンガポールでも店らしい店を出しているのはみな支那人かインド人かだった。土人はほんの土百姓かあるいは苦力《クウリイ》かだ。
その支那人やインド人やはみな泥棒みたいな商人ばかりでいやだったが、道で働いている労働者の支那人やインド人は土人と同じような実に見すぼらしいものだった。ことにインド人が、あの真黒なちょっと恐そうな目つきをしていながら、そばへ寄って見ると実に柔和そうないい顔をしているのには、なおさらに心をひかれた。この支那人やインド人や土人の苦力どもは、まるで犬か馬かのように、その痩せ細った裸のからだを棒でぶたれたり靴で蹴られたりしながら、働いているのだ。
これは、帰りの船の中でスマトラから来た人に聞いた話だが、時々この主人どもに対する土人等の恐ろしい復讐がある。土人の部落の中にだけで秘密にしてある、ある毒矢で暗うちを食わす。椰子やゴムの深い林の中から、不意に、鉄砲だまが自動車の中に飛んで来る。虎だの犀だのの被害のほかに、こんな被害も珍らしくはない。
が、そうした個人的復讐ばかりじゃない。スマトラの土人の中には、すでに賃金労働者と
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