窒「。船の出るまでキャビンの中に閉じ籠っているのも癪だし、僕はよほどの自信をもって、喫煙室とデッキの間をぶらぶらしていた。そして一度は、私服らしい三、四人のもののほかは誰もはいっていなかった喫煙室に行って、彼等の横顔をながめながら煙草をふかしていた。
 船は門司を通過して長崎に着いた。そこでもやはり、二人の制服と四、五人の私服とがはいって来た。そして乗客の日本人を一人一人つかまえて何か調べ始めた。日本人といっても、船はイギリスの船なのだから、二等には僕ともで四人しかいないのだ。僕の番はすぐに来た。が、それはむしろあっけないくらいに無事に過ぎた。そして彼等は一人のフィリッピンの学生をつかまえて何やかやとひつっこく尋ねていた。
 上海に着いた、そこの税関の出口にも、やはり私服らしいのが二人見はっていた。警視庁から四人とか五人とか出張して来ているそうだから、たぶんそれなのだろう。
 僕は税関を出るとすぐ、馬車を呼んで走らした。そしてしばらく行ってから角々で二、三度あとをふり返って見たが、あとをつけて来るらしいものは何にもなかった。

    三

 最初僕はこの上海に上陸することが一番難関だと思っていた。そしてたぶんここで捕まるものとまず覚悟して、捕まった上での逃げ道までもそっと考えていたのであった。それが、こうして何のこともなくコトコト馬車を走らしているとなると、少々張合いぬけの感じがしないでもない。
「フランス租界へ。」
 御者にはただこう言っただけなのだが、上海の銀座通り大馬路を通りぬけて、二大歓楽場の新世界の角から大世界の方へ、馬車は先年初めてここに来た時と同じ道を走って行く。
 僕はここで、もう幾度も洩らして来たこの先年の旅のことを、少し詳しく思いだすことを許して貰いたい。

 八月の末頃だった。朝鮮仮政府の首要の地位にいる一青年Mが、鎌倉の僕の家にふいと訪ねて来た。要件は、要するに、近く上海で、(二十一字削除)を開きたいのだが、そして今はただ日本の参加を待っているだけなのだが、それに出席してくれないかと言うのだ。
 僕等はかつて、(五十二字削除)というものを組織したことがあった。が、その組織後間もなく、例の赤旗事件のために、僕等日本の同志の大部分が投獄され、そしてそれと同時に和親会の諸同志の上にも厳重な監視が加えられて、会員のほとんど全部は日本に止まることがで
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