た国だ。
「結構です。しかし、スペインへ行くにしても、勿論日本の官憲の旅行免状が要るんでしょう。それはどうするんです。」
「それはこっちで大使館とかけ合って貰ってやる。それじゃ向うで待っているがいい。」
ということになって、僕は前にもお馴染の外事課の広い室に連れて行かれた。
百人近くの私服どもがそれぞれ机に向って、みな同じような紙きれを袋から出したり入れたりして調べている。その袋の表には何の誰という人の名前が書いてある。きっとそれがみんな日本で言えば要視察人とか要注意人とかいう危険人物なのだ。一つの袋の中には幾枚もの紙きれが、どうかすると十枚も二十枚もの紙きれが、はいっているようだ。
みんなは、その室の真ん中に腰かけさせられている僕を時々じろりじろりと見つめながら、その紙きれを調べている。やはり、日本のそうした奴等と同じように、ろくな目つきの奴は一人もいない。みなラ・サンテの監獄で見た泥棒や詐偽と同じような、あるいはそれ以上の面構えをしている。
が、もう正午だ。みなぞろぞろと昼飯を食いに出かけ始める。僕はすぐそばにいた男に、俺の昼飯はどうしてくれるんだ、と尋ねた。その男は主任らしい男のそばへ立って行った。そして帰って来て、何でも欲しいものを言え、とって来てやると答えた。それじゃ、と言って、僕は例の贅沢をならべ立てて、それから極上の白葡萄酒を一本と註文した。
四、五人は代る代るに残っていたが、二時頃にはみんなまた帰って仕事を始めた。
大使館へ行った使いの私服はまだ帰って来ない。僕は幾度も官房主事のところへ使いをやったが一向要領を得ない。
待ちくたびれもし、たいくつでもあり、始終ぎょろぎょろといろんな奴等に見つめられているのも癪にさわるので、僕はろくに飲めもしない葡萄酒を絶えずちびりちびりとラッパでやっていた。
四時頃になって、ようやく官房主事からの迎いが来た。そしてその室へ行って少し話しているところへ、背の高い大男の、長い少しぼんやりした顔の日本人が一人、先きに大使館へ使いに行った男と一緒にはいって来た。かつて名だけは聞いていた大使館一等書記官の杉村何とか太郎君だ。
杉村君はちょっと官房主事と挨拶したあとで、僕と話ししたいのだが許して貰えようかと尋ねた。主事は僕等のために別室の戸をあけた。
「今ここからの使いで初めて追放ということを知って駈けつけて
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