か。」
とまた聞く。そうなって来るとうるさいから、僕も、
「いや、僕は日本人だ。」
と、こんどは本当のことを言う。
「日本人で泥棒? それや珍らしいな。いつフランスへ来たんだい?」
前科幾犯先生はますますひつこく聞いて来る。僕はこの上うるさくなってはと思って、
「まだ来たばかりさ。そしてメーデーにちょっと演説をして捕まったんさ。」
と、本当のまた本当のことを言った。
「そうか、じゃ政治犯だね。」
先生はそう言ったきりで、また向うをむいてほかの先生等と何か話ししはじめた。
すると、今までみんなの中にははいっていたが、黙ってほかのもののおしゃべりを聞いていた、一方の手の少し変な四十ばかりの男が僕のそばへやって来た。
「あなたもメーデーでやられたんですか。僕もやはりそうでコンバで捕まったんですけれど、あなたはどこででした。」
その男は見すぼらしい労働者風をしていたが、言葉は丁寧だった。コンバと言えば、C・G・T・U本部のすぐそばの広場だ。そしてそこにはル・リベルテエルの連中の無政府主義者がうんと集まっていた筈だ。で、僕はこれはいい仲間を見つけたと思って、そこの様子を聞こうと思った。
「僕はセン・ドニでやられたんだが、コンバの方はどうでした?」
「それや、ずいぶん盛んでしたよ。演説なんぞはいい加減にして、すぐ僕等が先登になってそとへ駈けだしましてね。電車を二、三台ぶち毀して、とうとうその交通をとめてしまいましたよ。」
この男もやはり無政府主義者で、もとは機械工だったんだが戦争で手を負傷して、今は何やかやの使い歩きをして食っているのだった。そして、去年もやはりコンバで大ぶあばれたんだそうだが、その時には一人も捕まらずに済んで、彼も無事に家に帰った。が、ことしは警察がばかに厳重で、あばれかたは去年と大差はなかったのだが、百人近く捕まったのだそうだ。
「ことしは警察も大ぶ乱暴だったが、裁判所も厳重にやるって、弁護士が言ってましたよ。あなたの方は、それじゃ、追放だけで済むんでしょうが、僕はまあ半年ぐらい食いそうですね。」
こんな話をしている間に、みんなは法廷に引きだされたのであった。そして僕が仮監へ帰って来ると、間もなくその男も帰って来た。
「あなたもすぐ出れますね。僕も今晩出ますよ。やっぱり六カ月食うには食ったんですが。でも、この名誉のてんぼ[#「てんぼ」に傍点
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