アともあろう。しかし、こんな理屈を言い出せば際限がないからいい加減に切りあげるが、とにかく僕のこの事実とおよびそれに対する僕の(五字削除)とは、断乎として君の要求を斥けるに足るの力があったのだ。
 けれども君は、僕がかく君の要求を斥けながらも、なお君に対して深い愛を抱いていることを、認めない訳には行かなかった。また君自身としても、もし君の要求が容れられなければ僕との関係を絶つと決心したものの、なお僕に対して抱いている君の深い愛を、認めない訳には行かなかった。そして、この現実の方が君自身の真実ではあるまいかという考えが漸次に頭をもたげて来て、ついにはそこに君の全身を投ずるの冒険をあえてさせるまでに進んで来さえすれば、僕が他の女を棄てるかあるいは他の女が僕を去るか、いずれにせよ君に都合のいい何等かの事柄が起って来るだろうという、多少の予想があったけれども、君は、かくしてまったく僕に君の身を投じて来ると同時に、本当の現実の人となった。もしくは、まったく新しい現実の人となった。
 君は僕に保子のあることも、神近のあることも、僕に対する愛の幻惑やまたは仕様事なしのあきらめからではなく、君自身の深い反省と自覚とから、心の奥底から是認するようになった。だが、それと同時にまた、君はこの是認を再び理想化しようとした。少なくとも、保子と僕とのおよび保子と君との関係を、事実ありのままに見ないで、ただちに君と僕との関係をもって律しようとした。そして君からの最後の手紙は、君が再び現実に降って、それからさらに理想に起ち上がろうという、本当のところまで進んで来たことを示すものである。
 実際、君と保子とは、あるいは君と神近とは、もしその間に僕が介在していなければ、まったく没交渉の人として互いに済ましていられたのかも知れない。現に、君と僕とがこんな関係になるまでは互いにまったくあるいはほとんど相識りもせず、したがってほとんど何等の交渉もなかったんである。したがって諸君は、諸君の間の関係において、このありのままの事実から出発しなければならない筈だ。もし諸君が、互いに個人としての交際において、まったく相容れることのできない人々であるならば、その間に僕があるからといって、何でも強いて友人づきあいをするにも及ばない。これはちょうど、嫁や姑や小姑と親子もしくは姉妹の関係にはいらなければならないものと強いられ
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