ノ手を握りたいのが望みです。神近さんには、会ってよくお話しすれば、そこまで進めるかとも思います。ぜひそうあらねばならぬと思います。そうして初めて私たちの関係は自由なのですね。そうしてお互いに進んで行きたいと思います。
「ひとりいて、私はそういうことを考えては、自分の気持がずんずん進んで行くのがはっきり見えるのが嬉しくて堪りません。こんなことばかり考えていますと、頭がはっきりして来て、気がはればれして来て、いい気持になれます。けれども私はまだ恐れています。今、私があなたの愛を一番多く持っているということに、自分の安心があるのではないかということを。絶えずそう思っては注意していますけれども、今のところでは別にそんな感情は少しもまじっていないようですけれど、その反省だけは怠らずに続けています。」
四
野枝さん。
保子に対する君の気持は、この三つの手紙によって、非常によく分った。ただ、最後のが、もう少しはっきり言い現せそうなものだとは思ったが、そして大体においては、君のこのまったく自発的な進みかたが、ごく自然な、かつごく聡明な、また僕自身にとっては感謝しなければならぬほどのものだと思う。本当によくそこまで進んで来てくれた。
さらに、他の女に対する君の心持の進みかたを見ると、理想から漸次現実に引下って来た傾きがある。そしてこの傾きが、保子の他の女に対する、および神近の他の女に対する、心持の動きかたや進みかたと、自ずから異なるところがある。
最初は、僕に他の女のあるということが、どうしても君には話すことができなかった。君には、排他的の厳重な一夫一婦という、一種の理想があった。そこで君は、しきりと僕に、他のいっさいの女を斥けることを迫った。しかし、僕には、それがまったく無意味のことであった。他の女に対する僕の愛は、それよりももっと深そうに見える君に対する愛が生じたからとて、なくなった訳でもなくまた格別減った訳でもない。また、他の女に対する愛がなくなりあるいは減って行って、君にその愛を移したという訳でもない。甲の女によって求め得べからざるものを乙の女によって、また乙の女によって求め得べからざるものを丙の女によって、得るということもあろう。さらにはまた、甲の女には与え得べからざるものを乙の女に、また乙の女には与え得べからざるものを丙の女に、与え得るという
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