なくっても、すでに僕の方で向うに「弟子入り」していたのだった。その後僕は、「野獣」と題して、僕の雑誌に彼を歌ったことがあった。

[#ここから2字下げ]
また向う側の監房で荒れ狂う音がする、
怒鳴り声がする、
歌を歌う、
壁板を叩いて騒ぎ立てる。
それでも役人は知らん顔をしてほおって置く。

いくら減食を食っても、
暗室に閉じこめられても、
鎖づけにされても、
依然として騒ぎ出すので、
役人ももう手のつけようがなくなったのだ。

まるで気ちがいだ、野獣だ。
だが僕は、この気ちがい、この野獣が、
羨やましくて仕方がない。
そうだ! 僕はもっと馬鹿になる修業を積まなければならない。
[#ここで字下げ終わり]

 獄死はいやだ[#「獄死はいやだ」は太字]
 囚人で羨やましかったのは、この野獣と、もう一つは小羊のような病人だった。
 巣鴨の病監は僕等のいたところからは見えなかったが、東京監獄でも千葉でも、運動場へ行く道には必ず病監の前を通った。普通の家のような大きな窓のついた、あるいは一面にガラス戸のはまった、風通しのよさそうな、暖かそうな、小綺麗な建物が、ほとんど四季を通じて草花や何かの花に
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