りの室の錠前磨きに移って行った。
 この男は、東京監獄では、まだ裁判中であったせいか、ごくおとなしくしていた。そしていよいよ官吏抗拒の刑がきまって千葉へ移された時にも、その当座は至極神妙にしていたが、やがて何に怒ったのか、また手のつけられない暴れものになってしまった。
「ね、旦那、こんどはもう私は出たら泥棒はやめです。馬鹿馬鹿しいですからね。いくら暴れたって、泥棒じゃ誰も相手にしちゃくれないでしょう。だから、こんどは私、旦那のところへ弟子入りするんです。ね、いいでしょう、旦那、出たらきっと行きますよ、旦那の方じゃ、暴れれば暴れるほど、名誉になるんでしょう。そして監獄に来ても、まるで御大名で居られるんですからな。」
 僕がもう半年ばかりで出ようという時に、渡辺が来て、こんなことを言った、僕は少々困ったが「ああ来たまえ」とだけは言って置いた。
 が、いまだにまだ、この男はそのいわゆる「弟子入り」に来ない。どこに、どうしているんだか。たぶんまた、どこかの監獄にはいっているんだろうとは思うが。泥棒にはちょうどいい、小柄の、はしこそうな、まだ若い男だったが。
 しかしこの「弟子入り」は、向うで来
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