なものを喫えてパッパと煙をはき出しているのが、羨やましいどころではなく本当に馬鹿馬鹿しく思われて仕方がなかった。その頃は、まだ一人身で堺の家に同居していた、僕の女房の保子が、からかい半分に猫が煙草を吸っている絵はがきを送って来た。僕はすぐに「あれは物の本で見る煙草というものらしいが、さては人間の食物ではなくして猫の食物か」というような返事を出して、本当に強情な人だと言って笑われた。しかしそれは、僕の痩せ我まんでも強情でも、何でもない。実際そういう風に感じたのだ。
 僕は何も牢にはいったら煙草は吸えぬものと覚悟をきめていた訳ではない。反対に、煙草ぐらいは吸えるだろうというごく呑気なつもりで、迎いに来られた時には、わざわざその用意までして出掛けたのだ。僕はまた、克己とか節制とかいうことの、ことさらの何の修養をも積んでいた訳ではない。反対に、そういういわゆる道徳にはわざと反抗して、つまらぬ放縦を尊んでいたくらいだ。
 それだのに、警察で煙草を取り上げられた時には少なからず口惜しかったが、その後はぴったりと煙草というものを忘れてしまった。そして今言ったようにかえって反感に似たものを持つようにす
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