着かけていた。
「どうした?」
僕はまた例の脳貧血かと思って、そばへ寄って尋ねた。少し長く湯にはいっていると、僕等の仲間はよく、この脳貧血を起した。
「今、変な奴がはいって来てね、いきなり後ろから抱きかかえやがったもんだから、急いで逃げ出して来たんだ。」
と村木がまだ驚いた顔つきのまま話していたところへ、他の仲間もみな出て来た。そして村木だけならまだしも、ピストル強盗までもやられたというんで、みんなで大笑いした。
が、実際笑いごとじゃないんだ。
女の脛の白きを見て[#「女の脛の白きを見て」は太字]
この畜生同様の囚人の間にあって、僕自身は聖人か仙人かのようであったことは、前にちょっと言った。しかしそれも、僕が特別にえらい非常な修業を積んだ人間だからという、何の証拠にもならない。
人はよく、牢にはいったら煙草が吸えないで困るだろうな、と言う。僕はずいぶんの煙草飲みだ。が、未だかつて、そのために牢で困ったことはない。はいるとすぐ、ほとんどその瞬間から、煙草のことなどはまるで忘れてしまう。初めてはいった東京監獄では、看守等が休憩所でやっているのをよく窓から見たが、まるい棒片のよう
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