間にほかの看守等もどやどやと靴ばきのまま室の中へはいった。何をしているのかは見えない。ただ手錠をしきりにガチャガチャ言わしているのと、これじゃ小さいとか大きいとか看守等がお互いに話しているのとで、その男に手錠をはめているのだという察しだけはついた。
「今時分になって、何だってあんなことをするんだろう。」
 初めは僕は、その男に手錠をはめて、どこかへ連れ出すのかと思った。そんな時か、あるいはあばれて仕末に終えない時かのほかには、手錠をはめるのをまだ見たことがなかった。その男は来てからまだ一度もあばれたこともなければ、声一つ出したこともなかった。しかし看守等は、その男の腕にうまくはまる手錠をはめてしまうと、「さあ、よし、これで寝ろ」と言いすててさっさと帰ってしまった。僕にはどうしてもその意味が分らなかった。
 翌朝早く、また二、三人の看守がその男の室に来て、こんどはその手錠をはずして持って帰った。僕はますますその意味が分らなくなった。
 昼頃になって、雑役が仕事の麻束を持って来た時に、僕は看守のすきを窺って聞いた。
「何だい、あの向いの奴は?」
「うん、何でもないんだよ。今まで向うの雑房に
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