深く感じたことはまだ一度もなかった。そしてその時に僕は、僕のからだの中に、ある新しい血が滔々として溢れ流れるのを感じた。
 その後僕は、いつもこのことを思い出すたびに、僕はその時のセンチメンタリズムを笑う。しかしまた翻って思う。僕のセンチメンタリズムこそは本当の人間の心ではあるまいか。そして僕は、この本当の人間の心を、囚われ人であったばかりに、自分のからだの中に本当に見ることができたのではあるまいか。
 手枷足枷[#「手枷足枷」は太字]
 やはりこの千葉でのことだ。
 ある日の夕方、三、四人の看守が何かガチャガチャ言わせながら靴音高くやって来るので、何事かと思ってそっと例の「のぞき穴」から見ていると、てんでに幾つもの手錠を持って、僕の向いの室の戸を開けた。その室には、その日の朝、しばらく明いていたあとへ新しい男がはいったのであった。
「いいから立て!」
 真先きにはいった看守が、お辞儀をしているその男に、大きな声であびせかけた。その男はおずおずしながら立ちあがった。まだ二十五、六の、色の白いごく無邪気らしい男だった。
「両手を前へ出せ!」
 再びその看守は怒鳴るように叫んだ。そしてその
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