初めからと変りはなかったが、それだけこの男についての印象はますます深く、その人間を知ろうとする興味もますます強まって行った。
ある日の運動の時、僕は獄中の何事についてでもその男に尋ねるのを常としていた、そしてまた何事についてでもいつも明快な答を与えてくれた例の強盗殺人君に、この老押丁のことを話しかけた。
「あの爺の押丁ね、あいつは一体何ものなんだい。」
なんでもその日の朝、食事の時に、おつけの実の盛りかたが少ないというような小言を言って、強盗殺人君は老押丁に怒鳴られていた。で、僕はそれを言い出して、何気なく聞いて見たのだった。そして僕は、せいぜい、
「うん、あいつか。あれはもと看守部長だったのが、典獄と喧嘩して看守に落されて、その後またとうとう押丁に落されちゃったんだ。」
ぐらいの返事を期待していたに過ぎなかった。が僕は、僕の問の終るか終らぬうちに、急に強盗殺人君の顔色の曇ったのを見た。そしてその答の意外なのに驚かされた。
「あいつがこれをやるんだよ。」
殺人君は親指と人さし指との間をひろげて、それを自分の咽喉に当てて見せた。
僕はそのまま黙ってしまった。殺人君もそれ以上には
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