不義を見てそれと闘う気を起さないものは、全然芸術家でもなければ、又、全然人間でもない。」
 憎悪や反抗に美があるかないかの問題などはどうでもいい。しかし此の憎悪や反抗に与《くみ》しないものは「全然芸術家でもなければ、又、全然人間でもない」のだ。此の本間君の思想は、其の後二ヵ年間に、どれほどの進歩があったかは知らない。しかし兎に角此の本間君が、日本に於ける民衆芸術論の最初の提唱者であったのだ。

       四

 本間久雄君は何事にも篤志なしかし無邪気な学者である。だから君は、エレン・ケイの「休養的教養論」を一読して、至極殊勝な篤志を起したものの、却って安成貞雄君に散々に遣《や》っつけられたように、へまな民衆芸術論の説きかたをしたのである。
 エレン・ケイの論旨は、要するに、スエデンの青年社会民主党に対して、
「ひまな時間を増やす事の為めに闘うと共に、其のひまな時間の悪用されないように休養的教養を獲得しなければならない。
「何事に於ても旧社会よりより善き新社会を造る責任を帯びている青年等の間に、又其の青年等によって、階級戦争(class war)と共に、絶えず教養戦争(culture
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