して論語によって倫理の講義をしていた。
たしか二年の初め頃だった。ある日先生が、倫理の時間に、みんなの理想し崇拝する人の名を尋ねた。秀吉も出た。家康も出た。正成も出た。清麿も出た。そしてだんだん順番が廻って僕の番になった。
僕にはまだ、実は、理想し崇拝するというほどの人はなかった。それにいいかげんに誰かの名を言うにしても人の言った名をまた言うのはいやだった。誰にしようか、と考えて見てもちょっと新しい名が浮んで来なかった。そこへ僕の番が来たのだ。僕はすっかり困ってしまった。
が、とにかく立ちあがった。するとふいに、最近に買って読んだ、誰だかの西郷南洲論を思いだした。僕はいい見つけものをしたつもりで、「西郷南洲です」と答えた。
先生は一と廻りしてしまったあとで、みんなの答えたそれぞれの人についての批評をした。
「なるほど西郷隆盛は近代の偉人だ。あるいは、日本の近代では一番の偉人であるかも知れない。が、彼は謀叛人だ。陛下に弓をひいた謀叛人だ。そしてこの謀叛人であるということに、よしそれがどんな事情からであったにしろ、またほかにどんな功労があったにしろ、とうてい許されることはできない。
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