か、僕がたぶんほとんど最初のお客となって、何かの本を買いに行った。店も何にもなくて、ただ座敷の隅に数十冊の本を並べてあっただけだった。しかし、それまで本屋というもののまるでなかった、ただある一軒の雑貨屋が教科書と文房具との店を兼ねていただけの新発田では、それでも十分豊富な本屋だったのだ。僕はひまがあるとその本屋へ遊びに行って、寝ころんでいろんな本を読んで、何か気に入ったものがあると買って来た。小使銭というものを一文も貰わなかった僕は、文房具でも本でも、要るだけのものは母に黙っててもどこかの店から月末払いで持って来ることができた。その払いが少し嵩むと、母はこれからはあらかじめそう言うようにと注意はしたが、決して叱ることはなかった。その後すぐこの本屋は上町に店を持って、やはり万松堂と言っていた。そして僕は、それから三、四年経って新発田を去るまで、そこの店の一番いいお客の一人だった。
 この夏新発田へ行った時、僕は第一番にもっともこれが宿のすぐ近くであったからでもあるが、この店を訪ねた。主人はやはり昔の主人だった。
「僕誰だか分るかい?」
 僕は黙って僕の顔を見つめている主人に尋ねた。
「え
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