の間の襖を開けて母に迫って来た。僕は母にぴったりと寄り添っていた。女中は青くなって慄えていた。
「どこへも隠しやしません。宿もまたどこへも逃げかくれはしません。さあ、私がご案内しますからこちらへいらっしゃい。宿は自分の室でちゃんと寝ているんです。」
 母はこう言いながら突っ立って、
「栄、お前も一緒においで。」
 と僕の手をとって、さっさと父の室の方へ行った。そしてそこの襖を開けて、
「さあ、みなさん、この通りここに寝ているんです。突くなり斬るなり、どうなりともお勝手になさい。」
 と、きめつけた。僕も母のこの元気に勢いを得て、どいつでも真っさきにこの室へはいって来る奴に飛びついてやろうと、小さな握拳をかためて身構えていた。
 が、曹長どもは母のけん幕に飲まれて、うしろの方から一人逃げ二人逃げだして、とうとうみんな逃げ出してしまった。そして※[#「つつみがまえ+夕」、読みは「そう」、第3水準1−14−76、30−8]々にして帰ってしまった。
 翌日、その下士官どもが一人ずつあやまりに来た。僕は母と一緒に玄関に出て、そのしょげかえった様子を見て、痛快でもあり、また可笑しくて堪らなかった。
前へ 次へ
全234ページ中28ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
大杉 栄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング