に左遷されたのだった。
その後父の兄から聞いた話ではあるが、その頃父は師団長と喧嘩していたのだそうだ。旅団長の比志島義輝が師団長の誰とかと仲が悪くて、というよりもむしろその師団長に憎まれていて、副官たる父はいつも旅団長を擁護する地位に立たなければならなかった。比志島は以前にも借金のために休職になったのだが、日清戦争で復活して、また以前のように盛んに借金していた。そして父は、表向きの副官であるよりも、より以上に比志島家の財産整理のために忙がしかった。旅団長はまた幾度も休職になりかかった。父はそのたびに仙台へ行って、旅団長のために弁解して、師団長と激論した。そんなことから、旅団長の出す進級名簿の中からは、いつも師団長の手で父の名が削られた。そしてついに比志島は休職となって、そのあとへ師団長のそばにいた何とかいう参謀長がやって来た。その結果が父の左遷となったのだそうだ。
さらにその後、これは父が誰かに話しているのを聞いたのだが、比志島は日露戦争でまた復活して、戦地から一万円二万円というような金を幾度もその債権者のもとに送って、帰る頃には借金を全部済ました上にかなりの財産までもつくっていた
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