た。
「はあ、奴、知らないお客だと思って逃げ出したんだ。」
 隅田は笑いながらそう言って、そのマッサージ師に彼女を呼びにやった。
 彼女は「まあ」と言って、びっくりしたような顔をしてはいって来た。
 その時隅田は、前に東京へ出て英語を勉強したいために憲兵になって、憲兵何とかいう学校にはいっていたが、その後どこかへ転任して、今病気で東京に帰っているんだというような話をしていた。そして僕が社会主義者になってもう二、三度入獄していることについても、困ったものだがしかし君の性格上仕方があるまいというようなことを言って、礼ちゃんはそれに「ええ、あんまりできすぎるからだわ」と弁解して附け加えていた。
 が、その時には僕は三十分ばかりで帰って、その後また彼女夫婦がどうなったかはしばらくちっとも知らなかった。

 すると、それからまた四、五年して、僕が例の神近や伊藤との複雑な恋愛関係にはいり始めた頃のこと、最後の三度目に、また突然と礼ちゃんが現れて来た。
 ある日僕は、僕がフランス語の講習会をやっていた牛込の芸術倶楽部へ行った。そして僕が借りていた一室のドアを開けると、そこの長椅子に礼ちゃんが一人しょ
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