近が変っていることは論はない。そして僕はそこを出るとすぐ、また新しい華奢な監獄のような製糸場が聳えているのを見て、ここにもやはり産業革命の波が押しよせたなとすぐ感じた。しかしそれは嘘だった。その後町のどこを歩いて見ても、その製糸場以外には、工場らしい工場一つ見つけ出すことはできなかった。新発田の町はやはり依然たる兵隊町だった。兵隊のお蔭でようやく食っている町だった。
 製糸場は大倉喜八郎個人のもので、大倉製糸場の看板をさげていた。そしてこれは喜八郎の営利心を満足させるよりも、むしろその虚栄心のためのものであるようだ。喜八郎は新発田に生れた。何かで失敗して、近所じゅうに借金を残して、天秤棒一本持って夜逃げしたんだそうだ。が、あの通りの大富豪になり、ことには男爵になるに及んで、その郷里にこの製糸場と、そのすぐそばの諏訪神社の境内に自分の銅像を立てたのであった。
 けれども、ここにもやはり、道徳的にはもう資本家主義が漲れて来ていた。喜八郎が自分の銅像を自分で建てることは喜八郎一人の勝手だ。しかしこの喜八郎の肖像が、麗々しく小学校の講堂にまで飾ってあるのだ。

 父の家は十幾軒か引越して歩いた
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