あったそうだ。しかしこれは父の光栄であって、決して失態ではなかろう。実際父はちょっと猿のような顔をしていた。
が、とにかく父は新発田に逐いやられたのだ。
父は、やはり同じ近衛から新発田へやられるもう一人の下士官と一緒に、東京を出た。僕はその旅の中で、碓氷峠を通る時のことだけを覚えている。碓氷峠にはまだアプト式の鉄道も布かれてなかった。そしてその海抜幾千尺か幾里かの峠を、僕等は二台のガタ馬車で走った。一台には父の同僚の家族が乗っていた。親子三人のようだった。もう一台には僕等が乗っていた。父と母とは各々一人ずつの妹を抱きかかえていた。僕は一人でしっかりと何かにしがみついていた。折々馬車が倒れそうに揺れる。下を見ると、幾十丈だか知れない深い谷底に、濃い霧が立ちこめている。僕は幾度胆を冷やしたか知れない。
僕はこの自叙伝を書く準備をしに、最近に、二十年目で新発田へ行って見た。その間には、もう十幾年か前に鉄道がかかって、そこに停車場もできている。ほとんど面目一新というほどに変っているだろうと期待して行った。そしてほとんどどこもかも、まるで二十年前そのままなのに驚かされた。
停車場の附
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