この社会主義のために一生を捧げたい」というようなことを言った。
 そして最後に堺が立って、「ここには資本家の子があり、軍人の子があり、何とかがあり、何とかがあり、実にわれわれの思想は今や天下のあらゆる方面にまで拡がっている。われわれの運動は天下の大運動になろうとしている。われわれの理想する社会の来るのも決して遠いことではない」という激励の演説があった。
 僕はそう言われて見ると、本当にそんなような気がして、非常にいい気持になって下宿へ帰った。その日幸徳がそこにいたかどうかはよく覚えていない。
 それ以来僕は毎週の研究会には必ず欠かさずに出た。そしてそれ以外の日にもよく遊びに行ったが、ことに下宿を登坂や田中のいた月島に移してからは、ほとんど毎日学校の往復に寄って、雑誌の帯封を書く手伝いなどして一日遊んでいた。

   六

 平民社は幸徳と堺と西川光二郎と石川三四郎との四人で、石川を除く外はみな大の宗教嫌いだった。でもそとから社を後援していた安部磯雄や木下尚江は石川とともに熱心なクリスチャンだった。そしてそこに集まって来た青年の大半がやはりクリスチャンだった。当時の思想界では、キリスト教が一番進歩思想だったのだ。少なくとも忠君愛国の支配的思想に背くもっとも多くの分子を含んでいたのだ。
 幸徳や堺等はかなり辛辣に宗教家を攻撃もしまた冷笑もした。そして研究会ではよく宗教の問題が持ちあがった。しかし幸徳や堺等は、宗教は個人の私事だというドイツ社会民主党の何かの決議を守って、同志の宗教にはあえて干渉しなかった。
 石川は本郷会堂での僕の先輩だった。が、その頃にはもう教会というものにあいそをつかして、ほとんど教会に行くこともなかったらしい。
 僕も平民社へ出入りするようになってからは、みんなの感化で、まず宗教家というものに、次には宗教そのものに、だんだん疑いを付け始めた。そして日露の開戦が僕と宗教とを綺麗に縁を切ってくれた。
 僕は、海老名弾正が僕等に教えたように、宗教が国境を超越するコスモポリタニズムであり、地上のいっさいの権威を無視するリベルタリアニズムだと信じていた。そして当時思想界で流行しだしたトルストイの宗教論は、ますます僕等にこの信念を抱かせた。そしてまた僕は、海老名弾正の『基督伝』や何とかいう仏教の博士の『釈迦牟尼』の、キリスト教および仏教の起源のところを読んで、やはりトルストイの言うように、原始宗教すなわち本当の宗教は貧富の懸隔から来る社会的不安から脱け出ようとする一統の共産主義運動だと思っていた。
 しかるに、戦争に対する宗教家の態度、ことに僕が信じていた海老名弾正の態度は、ことごとく僕のこの信仰を裏切った。海老名弾正の国家主義的、大和魂的キリスト教が、僕の目にはっきりと映って来た。戦勝祈祷会をやる。軍歌のような讃美歌を歌わせる[#底本では「歌わせる」が「歌われる」]。忠君愛国のお説教をする。「我れは平和をもたらさんがために来たれるに非ず」というようなキリストの言葉を飛んでもないところへ引合いに出す。
 僕はあきれ返ってしまった。そうして海老名弾正だの、当時よくトルストイものを翻訳していた加藤直士だのと数回議論をしたあとで、すっかり教会を見限ってしまった。そして同時にまたうっかりはいりかけた「右の頬を打たれたら左の頬を出せ」という宗教の本質の無抵抗主義にも疑いを持って、階級闘争の純然たる社会主義にはいることができた。

 戦争が始まるとすぐ、父は後備混成第何旅団の大隊長となって、旅順へ行った。
 僕は父の軍隊を上野停車場で迎えた。そして一晩駅前の父の宿に泊った。
 僕は父が馬上でその一軍を指揮する、こんなに壮烈な姿は初めて見た。ちょっと[#「ちょっと」は底本では「ちょうど」と誤記]涙ぐましいような気持にもなった。しかし何だか僕には、父のその姿が馬鹿らしくもあった。「何のために、戦争に勇んで行くのか」と思うと、父のために悲しむというよりもむしろ馬鹿馬鹿しかったのだ。
 宿にはいってからも、父やその部下の老将校等はみな会う人ごとに「これが最後のお勤めだ」と言って、ただもう喜び勇んでいた。僕はまたそれがますます馬鹿馬鹿しかった。
 父は僕にただ「勉強しろ」と言っただけで、別に話ししたい様子もなく、ただそばに置いて顔を見ていればいいというような風だった。
[#改頁]


お化を見た話
   自叙伝の一節

   一

 僕が九つか十の時、ある日猫を殺して、夜中にふいと起ちあがって、ニャアと猫の泣くような声を出して母を驚かしたことは、前に話した。また、十一か十二の時、隣りの家に毎晩お化が出て、それが一と晩僕の家にも出たそうだということも、前に話した。
 が、こんどは僕自身が、しかも最近になって、お化を見た話だ。現にまだ生きてはいる
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