話した。これは、そこに立ち会った人達がみんな非常に憤慨して話して、病院へなんとか掛合わなければならんなぞと言っていたが、父は悲痛な顔をしながら「いや、済んだことはもう仕方がない」と一人あきらめていた。

 そんなお通夜が二晩か三晩続いて、大阪にいたお祖母さん(母の母)と僕のすぐ妹の春とが到着するとすぐ、葬式が出た。
 ちょうど新発田の町のほとんど端から端までの一番賑やかな大通りを通って、僕が位牌を持たせられて、宝光寺という旧藩主の菩提寺まで練って行った。新発田にもう十幾年もいて、それに母はそとへ出ると新発田言葉で大きな声で会う人ごとに挨拶して歩くというほどだったので、見送りの人もずいぶん多かった。そしてほとんど通りの町じゅうの人がそとへ出て見送ってくれた。
「あんなご立派なお葬式はまだ見たことがありません。」
 と言って、三の町のお嬶なぞは今でもまだ、その人並すぐれた小さなからだを揺すりながら、おかめのような顔を皺くちゃにして自慢にしている。
 葬式が済んでから、母の棺を六人ばかりの人足にかつがして、僕と弟の伸とが引っついて、五十公野山という僕等がよく遊びに行った小さな山の奥の方へ火葬に行った。人足どもはその場所まで行くと、まず藁を敷いて、その上へあたりの松の枝を折って来ては積み重ねて、そしてその上へ棺を載せてまた松の枝を積み重ねた。そして自分等はそこから二、三間離れたところに蓆を敷いて、車座になって、持って来た大きな徳利だの重箱だのを幾つか並べたてた。こうして朝まで飲みあかしながら、死骸がすっかり骨になってしまうまで待つんだという。
 僕はその人足どもの言うままに、一束の藁に火をつけて、その火を棺の一番下に敷いてある藁の屑に移した。藁はすぐに燃えあがった。その火はさらに、その上の松の枝や葉に燃え移った。そして僕はその焔々として燃えあがる炎の中に、ふだんのようにやはり肉づきのいい、ただ夏のさ中に幾日もそのまま置いたせいかもう大ぶ紫色がかりながらも、眠ったようにして棺の中に横たわっている母の顔を見た。僕はその棺箱が焼けて、母の顔か手か足かが現れて出たら、堪らないと思った。それでも僕はじっとしてその炎を見つめていた。
 人足どもの一人は急いで僕等兄弟をわきへ連れて行って、すぐ帰るようにと勧めた。もう日も大ぶ暮れていたのだ。そして僕はその場所へ行ったらすぐ帰るようにとあらかじめ言いつけられて来たのだ。僕等はその人足に送られて山の麓まで出て、そこから車に乗って帰った。

   二

 母の死体がうちへ着いた時に、僕はその棺のそばに、礼ちゃんが立っているのを見た。礼ちゃんも二、三日前から新潟の母のところへ行っていたのだ。たしかその晩だったと思うが、夜遅くなってから、お通夜をするというのを無理やりにみんなに帰れ帰れと勧められてうちへ帰った。そして、高級副官の父のもとにやはり旅団副官をしていた何とかいう中尉の細君が、これはまだ若いそうして連隊じゅうで一番綺麗な細君で、僕は前からずいぶん親しくしていたのだったが、そっと僕の肩を突っついて、しかし高い声で、僕に礼ちゃんを送って行くようにと勧めた。ほかの人達も、それと一緒になって、同じように僕に勧めた。僕は急に胸をどきどきさせながら、ちょっとためらった。礼ちゃんはもじもじしながら、にこにこして、僕が座を立つのを待っているようだった。綺麗な細君もやはりにこにこして、僕の顔を見ているようだった。僕はこの二人の若い細君の微笑みに妙に心をそそられた。
 僕はすぐ提灯を持って、礼ちゃんと一緒にうちを出た。そとは真暗だった。礼ちゃんと僕とはほとんどからだを接せんばかりに引っついて行った。二人がこんなにして歩くのはこれが初めてだったのだ。僕はもう母が死んだことも何もかも忘れてしまった。そして提灯のぼんやりした明りを二人の真ん中の前にさし出して、ますます引っついて歩いて行った。二人は何か声高に話しながら笑い興じていたようだった。
「あら、斎藤さんじゃありませんか。」
 二人は向うから軍服を着て勢いよく歩いて来る男にぶつかりそうになって、礼ちゃんはその男の顔を見あげながら叫ぶようにして言った。それは礼ちゃんのうちと同僚の斎藤中尉だったのだ。この中尉は、僕がまだ幼年学校にはいる前、彼がまだ見習士官だった頃から、僕もよく知っていた。が、中尉の方ではちょっと僕等が分らないらしかった。
「君は何だ。」
 中尉は礼ちゃんの方へ食ってかかるように怒鳴った。
「いや、僕ですよ。」
 僕は礼ちゃんをかばうようにして一足前へ出て言った。中尉はじっと僕の顔を見つめていたが、
「やあ、君でしたか。これはどうも失礼。僕はまた……いや、これからお宅へ行くところなんです。どうも失礼。」
 と、多少言葉は和らげながらも、まだぷりぷりしたような様
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