大学が駄目ならこうという、僕の第二案を打ちあけた。
「それやいい、それならきっとお父さんも賛成する。よし不賛成でも、きっと僕が賛成さして見せる。」
中尉は、僕が語学校と言いだしたので、急に元気づいて賛成した。
当時陸軍では、ことに田舎の軍隊では、再帰熱のように時々起る語学熱が流行っていた。陸軍大学へはいれなくっても、多少語学ができさえすれば、洋行を命ぜられたり要路に就かせられたりして、出世の見込が十分についた。森岡中尉も、やはり幼年学校出身で、フランス語をやっていた。そしてそのフランス語を大成さすべく、しきりに東京へ出て語学校へはいりたがっていたのだ。礼ちゃんの花婿の隅田中尉というのも、これは中学校出身で英語がお得意なので、やはり何とかして東京へ出て語学校へはいりたいと言っていた。父も、以前にはフランス語をやったりドイツ語もやったりしていたが、その頃は新しくまたロシア語をやりだしていた。
そんな時なので、語学校を出れば何になれるのかということなどはごくぼんやりと考えただけで、中尉も[#「中尉も」は底本では「中尉のも」と誤記]父もすぐ僕の第二案に賛成してくれた。が、僕は語学校を出ればすぐ大学の選科にはいれ、その選科からはさらに普通学の試験を受けて本科に移れることをよく承知していたのだった。
とにかく僕はすぐにも上京することを許された。そして自分で元日の朝早く出発することにきめた。
が、この元日には俥屋が行こうと言わないので、仕方なしに翌二日に延ばした。
元日の朝は暖かいいい天気だった。それが昼頃から曇り出して、夕方にはもう霏々として降る大雪の模様になった。その晩の十二時少し過ぎだ。もう三、四尺積もっている雪の中を、僕は橇に乗って二人の俥夫に引かれてうちを出た。
「まあ、あんなに喜んで行く。」
母は一人で玄関のそとまで僕を送りだして、自分もやはり嬉し泣きに泣いていた。
町はずれまではまだよかった。が、町を出るともう橇は一歩も進むことができなかった。俥屋のお神はあらかじめそうと知って、ゆうべの間に一度とめに来たのだ。しかし僕がどうしても聞かないので仕方なしに一番屈強な男を二人選んで寄越したのだが町を出ると、雪ですっかり埋もっている道は、その俥夫の一歩一歩の足を腿まで食いこんだ。そんなことで橇が引けて行けるものではない。それに、橇の上に乗って、僕がその中に坐っている籠は、時々横合いから強い風を受けてひっくり返りそうになる。とうとう俥夫等は立ちどまって、「もうとても駄目です」と言う。
「それじゃ歩いて行こうじゃないか。」と僕は言いだした。「君等の中の一人が真先きに歩くんだ。その足あとを伝って僕が真ん中になって行く。そのあとへまた、君等の中のもう一人が僕の荷物をかついで行く。そして先頭のものとしんがりのものとは時々交代するんだ。僕だって、時には先頭に立ったり、しんがりになって荷物を持ったりしたっていいよ。」
俥夫等はこの提案を喜んだ。
「わしらだって、うちのお神さんや奥様とお約束して、なあに大丈夫でさあって引受けて来たんですからね。今さらとても駄目でしたっておめおめ帰れもしませんよ。」
そして彼等は急いでその橇を近所のどこかへ預けて、僕の言う通りにして歩きだした。
が、道は遠いのだ。北越線の一番近い停車場の新津へ出るのに、新発田からは七、八里あるのだ。そしてその間には、半里も一里もの間家一軒もない、広い野原を幾つも通り抜けなければならんのだ。雪は降る。眼前数歩の先きは何にも見えないほどに、細かい雪がおやみなく降る。降るばかりならまだいい。時々強い風が来ては、足もとの雪を顔に吹きあげる。そんな時には、ただしっかりと踏みとどまって、その風の行ってしまうのを待っているほかはない。そしてまた、ただほかよりは少し小高くなっている道をあてに、一歩一歩腿まで埋まりながら重い雪靴の足を運んで行くのだ。
ちょうど新発田と新津との中間の、水原という町の向うの、一里ばかりの原に通りかかった時には、三人とも疲れと餓えとでへとへとになってしまって、幾度その原の中で倒れかかったか知れなかった。そして五歩歩いては休み十歩歩いては休みして、ようやくその原の真ん中の一軒家に着いた時には、みんなもうまるで死んだもののようだった。
しかし、その一軒家で大きな囲爐裡に火をうんともやして、一時間ほどそのまわりに転がって寝て、そしてあつい粥を七、八はい掻っこんだあとでは、すっかりもとの気分になっていた。
そして夕方近い頃に、一番の汽車に間に合う筈であった新津に、ようやく着くことができた。
東京に着くとすぐ、僕は牛込矢来町の、当時から予備か後備かになっていた退役大尉の、大久保のお父さんを訪ねた。上京のたんびに僕はこの大久保のうちへ遊びに行って、そのす
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