自叙伝
大杉栄
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《》:ルビ
(例)心《しん》は
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自叙伝(一)
一
赤旗事件でやられて、東京監獄から千葉監獄へ連れて行かれた、二日目か三日目かの朝だった。はじめての運動に、一緒に行った仲間の人々が、中庭へ引き出された。半星形に立ちならんだ建物と建物との間の、かなり広いあき地に石炭殻を一面にしきつめた、草一本生えていない殺風景な庭だ。
受持の看守部長が名簿をひろげて、一列にならんでいるみんなの顔とその名簿とを、しばらくの間見くらべていた。が、やがて急に眉をしかめて、幾度も幾度も僕の顔と名簿とを引きくらべながら、何か考えているようだった。
「お前は大杉東というのの何かかね。」
部長はちょっと顎をしゃくって、少し鼻にかかった東北弁で尋ねた。
名簿には僕の名の右肩に、「東長男」とあることは知れきっている。それをわざわざこう言って聞くのは、いずれ父を知っている男に違いない。その三十幾つかの年恰好や、監獄の役人としては珍らしい快活さや、ことにその僕に親しみのある言葉の調子で、僕はすぐにどこかの連隊で下士官でもやっていたのかなと思った。
「先生、親爺の名と僕の前科何犯とをくらべて見て、驚いてるんだな。」
僕はそう思いながら、返事のかわりにただにやにや笑っていた。それに、こんなところで父を知っている人間に会うのは、少々きまりも悪かったのだ。
「東という人を知らんのかね。あの軍人の大杉東だ。」
部長は不審そうに重ねてまた尋ねた。
「知らないどこの話じゃない。それや大杉君の親父さんですよ。」
それでもまだ僕がただにやにやして黙っているので、とうとう堺君が横あいから答えてくれた。
「ふうん、やっぱりそうか……あの人が大隊長で、僕はその部下にいたことがあるんだが……あの精神家の息子かね……」
部長はちょっとの間感慨無量といったような風で、ひとり言のように言っていたが、やがて自分に帰ったようになって、
「その東という人は第二師団で有名な精神家だったんだ。その人の息子がどうしてまたこんなところへはいるようになったんだか……」
と繰りかえすように附け加えた。
この精神家というのは、軍隊での一種の通り言葉で、忠君とか愛国とかのいわゆ
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