女はきっと「いやよ」とか何とか叫んで、僕の手を押しのけて行こうとするのだ。そしてそれを望みで僕はよく彼女を通せんぼした。
 美少年の石川や大久保は玉子さんびいきだった。それで僕はなおさら玉子さんを嫌って光子さんびいきになった。

 二軒町のその家の隣りに、吉田という、近村のちょっとした金持が住んでいた。
 僕はそこのちょうど僕と同じ年頃の男の子と友達になった。が、すぐに僕は、その男の子と遊ぶのをよして、そのお母さんと遊ぶようになった。
 この伯母さんは、火事で火の子をかぶったのだと言って、髪を短かく切っていた。どちらかの眉の上に大きな疣のようなほくろのある、あまり綺麗な人ではなかった。
 伯母さんはその子と僕とにちょいちょい英語や数学を教えてくれた。そしていつも僕が覚えがいいと言っては、その御ほうびに、僕をしっかりと抱きかかえて頬ずりをしてくれた。僕はその御ほうびが嬉しくて堪らなかった。
「私はね、こんな家へお嫁に来るんじゃなかったけど、だまされて来たの、でも、今にまたこんな家は出て行くわ。」
 伯母さんはその子供のいない時に、いつもの御ほうびで僕を喜ばせながら、そんな話までして聞かした。そして実際、その後しばらくして出て行ったらしかった。

 この家の裏は広い田圃だった。そして雨のしょぼしょぼと降る晩には、遠くの向うの方に、狐の嫁入りというのが見えた。
 提灯のようなあかりが、一つ二つ、三つ四つずつ、あちこちに見えかくれする。始まったな、と思っていると、それが一列に幾町もの間にパッと一時に燃えたり、また消えたりする。そうかと思うと、こんどはそれが散り散りばらばらになって、遠くの田圃一面にちらちらきらきらする。
 吉田の伯母さんは、「これはきっと硫黄のせいよ」と言って、ある晩僕等がまだ見たことのない蝋マッチを持ち出して、雨にぬれた板塀に人の顔を描いて見せた。青白い、ぼやけた輪郭の、ぼっぼと燃えているようなお化がそこに現れた。僕は面白半分、恐さ半分で、伯母さんの言いなり次第に、指先きでお化の顔をいじって見た。するとこんどは僕の指先きから青白い光が出た。それを僕はお化の顔のまわりのあちこちに塗りつけた。そしてその塗りつけたあとがみんな青白い光になってしまった。
「よく恐がらずにやったわね。またいろんな面白いことを教えてあげましょうね。」
 伯母さんは僕を抱きあげて、頬の
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