円あればいいんです。」
「ようごわす、差しあげましょう。が、これはお互いのことなんだが、ごく内々にして戴きたいですな。同志の方にもですな。」
「承知しました。」
 金の出道というのは要するにこうなのだ。そして僕は三百円懐ろにして家に帰った。
 その金は、しばらく金をちっとも持って行っていない保子のところへ五十円行き、なおもうぼろぼろになった寝衣一枚でいる伊藤に三十円ばかりでお召の着物と羽織との古い質を受けださせて、まだ二百円は残っていた。それにもう五十円足せば、市外に発行所を置くとすれば、月刊雑誌の保証金には間に合うのだ。
「が、もう雑誌なぞはどうでもいい。あしたはその金を伊藤に持って来て貰って、こいつに投げつけてやるんだ。」
 僕は一人でそう決心した。
 また、彼女が伊藤の着物のことを言いだしたのから思いだすと、ふだん人の着物なぞにちっとも注意しない彼女が、そういえば伊藤の風ていをじろじろと見ていた。彼女はもう大ぶ垢じみたメリンスの袷(それとも単衣だったか)に木綿の羽織を着ていた。
「そうそう、彼女はいつか僕にいくらかの金をつくるために、その着物を質に入れていたのだっけ。せめてはあれだけでも出して置いてやるのだった。」
 と僕も気がついた。が、今になってそんな気がついたところで仕方がない。
「とにかくあしたは、あいつに金を投げつけてやるんだ。」

   六

 少しうとうとしていると、誰かが僕の布団にさわるような気がした。
「何をするんだ?」
 僕はからだを半分僕の布団の中に入れようとしている彼女を見てどなった。
「(十二字削除)。」
 彼女は、その晩初めて口をききだした時と同じように、泣きそうにして言った。
「いけません、僕はもうあなたとは他人です。」
「でも、私悪かったのだから、あやまるわ、ね、話して下さいね。ね、いいでしょう。」
「いけません。僕はそういうのが大きらいなんです。さっきはあんなに言い合って置いて、その話がつきもしない間に、そのざまは何ていうことです。」
 僕は彼女の訴えるような、しかしまた情熱に燃えるような目を手で斥けるようにしてさえぎった。彼女のからだからはその情熱から出る一種の臭いが発散していた。
 ああ彼女の肉の力よ。僕は彼女との最初の夜から、彼女の中にそれをもっとも恐れかつ同時にそれにもっとも引かれていたのだ。そして彼女は、そのヒステリ
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