ら。」
 彼はそう言って、出はいり口のドアをいったん開けて見てまた閉めて、それにピチンと鍵をおろした。
「ははあ、何か間違いでもあった時に、僕が逃げられない用心をしているんだな。」
 僕は笑いたいのをこらえて、黙って彼の処作を見ていた。彼はさっき給仕が閉めた窓のところへ行って、一々それに窓掛けをおろして、そして丁寧にお辞儀をしてまた隣りの室との間のドアの向うに消えた。
「すると、後藤はあのドアからはいって来るんだな。」
 僕はそう思って、そのドアの方に向って、煙草をくゆらして待っていた。
 が、待っているというほどもなく、すぐ後藤がはいって来た。新聞の写真でよく見ていた、鼻眼鏡とポワンテュの鬚との、まぎれもない彼だ。
「よくお出ででした。いや、お名前はよく存じています。私の方からも是非一度お目にかかりたいと思っていたのでした。きょうはこんな場合ではなはだ失礼ですが、しかし今ちょうど食事もすんで、ちょっとの間なら席をはずしてもおれます。私があなたに会って、一番さきに聞きたいと思っていたことは、どうしてあなたが今のような思想を持つようになったかです。どうです、ざっくばらんに一つ、その話をしてくれませんか。」
 少々赤く酔を出している後藤は、馬鹿にお世辞がよかった。
「え、その話もしましょう。が、今日は僕の方で別に話を持って来ているのです。そしてその方が僕には急なのだから、今日はまずその話だけにしましょう。」
「そうですか。するとそのお話というのは?」
「実は金が少々欲しいんです。で、それを、もし戴ければ戴きたいと思って来たのです。」
「ああ金のことですか。そんなことならどうにでもなりますよ。それよりも一つ、さっきのお話を聞こうじゃありませんか。」
「いや、僕の方は今日はこの金の方が重大問題なんです。どうでしょう。僕今非常に生活に困っているんです。少々の無心を聞いて貰えるでしょうか。」
「あなたは実にいい頭を持ってそしていい腕を持っているという話ですがね。どうしてそんなに困るんです。」
「政府が僕等の職業を邪魔するからです。」
「が、特に私のところへ無心に来た訳は。」
「政府が僕等を困らせるんだから、政府へ無心に来るのは当然だと思ったのです。そしてあなたならそんな話は分ろうと思って来たんです。」
「そうですか、分りました。で、いくら欲しいんです。」
「今急のところ三、四百
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