范翌ネさい。ヘタな鏡などよりよほどよく見えます。
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宛名不明・明治三十九年四月二日
この頃は、半ば丸みがかった月が、白銀の光を夜なかまで監房のうちに送ってくれます。
監獄といえども花はあります。毎朝運動場に出ると、高い壁を越えて向うに、今は真っ盛りの桃の木を一株見ることができます。なおその外にも、病監の前に数株の桜がありますから、近いうちにはこの花をも賞することがあるのでしょう。
月あり、花あり、しこうしてまた鳥も居ります。本も読みあきて、あくびの三つ四つも続いて出る時に、ただ一つの友として親しむのは、窓側の桧に群がって来る雀です。その羽の色は決して麗わしくはありません。その声音も決して妙なるものではありません。その容姿もまた決して美なるものではありません。しかし何だかなつかしいのはこの鳥です。
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宛名・日附不明
今朝早くからエスペラントで夢中になっております。一瀉千里の勢いとまでは行きませんが、ともかくもズンズン読んでゆけるので嬉しくて堪りません。予審の終結する頃までにはエスペラントの大通になって見せます。
ここにもやはり南京虫が居ります。これさえ居なけ
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