ト、小刀でもあったらえぐり取りたいほどであった。
十分間と口から離したことのない煙草とお別れするのだもの、定めて寤寝切《ごしんせつ》なる思いをしなければなるまいと思っていたが、不思議だ、煙草のたの字も出て来ない。強いて思って見ようと努めて見たが、やっぱり駄目だ。
いつまでここに居るか知らないが、在監中には是非エスペラント語を大成し、ドイツ語を小成したいと思ってる。
監獄へ来て初めて冷水摩擦というものを覚えた。食物もよくよく噛みこなしてから呑込むようになった。食事の後には必ずウガイする。毎朝柔軟体操をやる。なかなか衛生家になった。
*
来た初めに一番驚いたのは監房にクシとフケトリとが揃えてあったことです。これがなかったら大ハイ※[#始め二重括弧、1−2−54]当時の僕のアダ名、ハイはハイカラのハイも※[#終わり二重括弧、1−2−55]何も滅茶苦茶です。しかしまさかに鏡はありません。於是乎、腕を拱いて大ハイ大いに考えたのです。そしてとうとう一策を案出したのです。それは監房の中に黒い渋紙を貼った塵取がありますから、ガラス窓を外して、その向側にそれを当てて見るのです。試みにやって
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