天気のせいもあったが、この霜やけのお蔭で、本月はまだ一度も運動にそとへ出ない。菜の畑のまわりの一丁ほどの間をまわるんだが、僕は毎日それを駆けっこでやった。初めは五分くらいで弱ったが、終いには二十分くらいは続いた。それ以上は眼がまわって来るので止した。朝早くこの運動に出て、一面に霜に蔽われながらなお青々と生長して行く、四、五寸くらいの小さな菜に、僕は非常な親しみと励みとを感じていたのだが、もうきっとよほど大きくなったに違いない。この監獄でシムパシイを感じたのはこの菜一つだけだ。
 そんな、あれやこれやでこの二月は大分苦しんだが、日にちのたつのは存外早かった。ちっとも待たずに日が経って来た。一月はずいぶん長かったが、そして社のことや家のことがいろいろと[#「いろいろと」は底本では「いろと」]思出されて出ることばかり考えられたが、そして汽車の音や何かが気になって仕方がなかったが、二月になってからは、もう社や家がどうなっているのか、まるで見当がつかなくなった。そして娑婆っ気が抜けて監獄っ気ばかりになった。終日たべ物のことばかり考えて、三度三度の飯時を待つより外に、何の欲っ気もなくなった。毎夜二
前へ 次へ
全118ページ中116ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
大杉 栄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング