タ言い出す。来たな、と思っている中に、芝居と牢屋とでのほかにあまり覚えのない、あのヒュッーというあらしの声が来る。本当にからだがすくむ恐ろしい声だ。
 監獄の寒さというのも、こんど初めて本当に味わったような気がする。以前の味は忘れてしまったのか、それともそれほどまでに感じなかったのか、こんなにひどくはなかったように思う。僕はよく風をひくと風にあたるのが痛い痛いと言って笑われて居た。実際痛いのだ。それがここでは、そとに居た時のように人の皮膚の上っ面がヒリヒリするくらいでなく、肉の中までも、骨髄の中までもえぐられるような痛みなのだ。じっと坐っていて、手足の皮と肉との間がシンシン痛む。膝からモモにかけての肉がヒリヒリ痛む。腰の骨がゾクゾク痛む。顔の皮膚がひんむかれるようにピリピリする。頸から肩にかけて肉と骨が突き刺される。この痛みに腹の中や胸の中まで襲われちゃ大変だ。と思いながら、しっかりと腕ぐみをして、例の屈伸法で全身の力をこめて腹をふくらす。いい行だ。
 毎日毎日こんな目に会っていて、それで一年の冬の半分以上も寝て暮すからだが、風一つひかない上に咳一つたん一つ出ない。ただ水っぱなだけは始
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