何分筆がいいので、書くのに骨が折れてね。さよなら。
   *
 伊藤野枝宛・大正九年二月二十九日
 四、五日前の大雪で、ことしの雪じまいかと喜んでいたら、また降り出した。それでも、今朝は晴れたろうと起きて見ると、盛んに降っているのでがっかりした。きょうは手紙を書く筈なのに、こんなことでは手がかじかんでとても書けまいと悲観していた。しかしありがたいことには急に晴れた。そして今、豚の御馳走で昼飯をすまして、頭から背中まで一ぱいに陽を浴びながら、いい気持になってこの手紙を書く。
 実際この陽が当るか当らんかで人生観がまったく一変するんだからね。それだのにこの二月は、本当に晴れた日と言ってはせいぜい二日か三日しかなかった。それに毎年こんなに降っただろうか、と思われるほど雪が降った。コタツにでもあたってちらちら雪の降るのを見ていたら、六花ヒンプンのちょっといい景色かも知れないが、牢屋ではとてもそんな眺めどころの話じゃない。ちょっと眼にはいっただけでも、背中の骨の髄からぞくぞくして来る。また、実によく風が吹いた。ほとんど毎日と言ってもいいくらいに、午後の二時頃になって、向側の監房のガラス戸がガタガ
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