や痛いのにも大ぶ応用されて来た。手を出したくて堪らんのを、じっとして辛棒している。こういう難行苦行の真似も、ちょっと面白いものだ。蚊帳の中に蚊が一匹はいっても、泣っ面をして騒ぐ男がだ、手くびに二十数カ所、腕に十数カ所、首のまわりに二十幾カ所という最初の晩の南京虫の手創を負うたまま、その上にもやって来る無数の敵を、こうして無抵抗主義的に心よく迎えているんだ。僕にはこうしたことのちょっとした興味がある。
 次には食物との妥協だ。監獄の御馳走なら、どんなものでも何の不平なしに、うまくと言うよりはむしろ心地よく食べる。それだのに、差入弁当となると、何とかかんとか難くせをつけたい。そして、こんなものが喰えるか、と独りで口に出して、大がい半分でよしてしまう。きのうからようやく昼飯の差入れがはいらなくなった。お蔭で監獄のうまい飯が食えた。久板が豆飯豆飯と言って喜んでいたが、その筈だ、いんげん[#「いんげん」に傍点]がうんとはいっているんだ。この食物の具合からだろう、大便が二日か三日に一度しか出ない。監獄にはいるといつも、最初の間はそうだ。そして、それが、一日に一度と規則正しくきまるようになると、もう
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