は盛んな干渉のあることと思っていた。干渉のあるくらいなら僕等の我を棄てて、それらの人に多少のことは委してもいいと思っていた。事は違った。もし今になって、自分に責任のかからぬ範囲において何等かの干渉を試みるものがあっても、もうそれらの人の言はあまり重きを置くに及ばない。ことに遺った金と言ってもいくらもあるではなし、その処分は実際に責任を帯びる足下がいいように計っていい。僕は今まで、足下がただ責任だけあって、そして万事に遠慮しなければならぬ位置にはなはだ同情していた。
渡辺弁護士の世話には大いに感謝している。それから向いの加藤家、いずれもよろしく言ってくれ。
この次の面会は春、その次の面会は夏、僕の出るのも大ぶ近づいた。
前の手紙に言ったよう、音楽院のような組織で自由語学塾というようなものを建てたら、これで家の生活だけは保証できると思う。その上僕は、できるなら雑誌も出そう、反訳もしよう、先生もしよう。また雇手があるなら、ドウセ当分は公然のムーブメントできまいから、運動をしないという条件で雇人にもなろう。要するに二、三年はまったく家政のために犠牲になろう。そのつもりで足下もあまり心配しないでくれ。
フランスへ本を注文したいと言ったのは、(一)ソシオロジイの名著、(二)露仏辞書、独仏辞書、伊仏辞書、西仏辞書、スペイン語文法、(三)最近哲学、最近科学の傾向を書いたもの、(四)最近文学、ことにローマンおよびドラマの形勢、これは欧州一般のものの外に、仏、独、伊の各国別のもの、(五)アナトール・フランス、オクタブ・ミルボー、およびこれに類する現代文人の創作(なるべく短篇集)および評論。
張か、あるいはパリにいる谷の友人のところへ金を送ってやって、この五種のものをなるべく専門家に尋ねていい名著を、できるだけ古本でなるべく多く(もっとも二は一冊ずつでいいが)買ってくれという、ずいぶん厄介な注文をしてくれないか。
次の書物、買入れまたは借入れを乞う。買うのは毎月一冊ぐらいずつでいい。それも無理にとは言わない。
ディーツゲン著哲学(三冊ばかりある筈)、イブセン文学神髄、ジャングル(米国文学)、ジャック・ロンドン著ワー・オブ、クラッセス、バーナード・ショー作ドラマ(五、六冊ある筈、綺麗な表紙にして合本することをお為さんに相談してくれ)以上堺家。
ビュヒネル著物質と精力、ドーソン著近代思想史、ゴーリキー短篇集。以上幸徳家。
近代政治史、ゴーリキー平原。以上上司家。
外に前に言ったのはどうした。
*
堀保子宛・明治四十三年四月十三日
戸籍法違犯とかいうので、この八日に裁判所へ喚び出された。ちょうど一年半目に人間の住む社会なるものを例の金網ごしにのぞき見した。僕等の住んでいる国に較べると、妙に野蛮と文明とのごっちゃまぜになったとこのように感じた。いちょう返しがひどく珍らしかった。桜も四、五本目についた。事は相続の手続きが遅れたとかいうのでほんのちょっとした調べではあったが、口の不自由になっているのには自分ながらほとほとあきれた。それと最初の答から海東郡だの神守《かもり》村だのという言いにくい言葉ばかりなんだから。僕はこんど出たら、どこか加行や多行の字のないところに転籍する。その後その決定が来た。科料金弐拾銭。
ことしは四月にはいってから毎日のように降ったり曇ったりばかりしていて、したがって寒いので少しも春らしい気持をしなかったが、きょうはしばらく目のいい天気だ。何だかぽかぽかする。このぽかぽかが一番社会を思出させる。社会と言っても別に恋しいところもないが、ただ広々とした野原の萌え出づる新緑の空気を吸って見たい。小僧※[#始め二重括弧、1−2−54]飼犬の名※[#終わり二重括弧、1−2−55]でも連れて、戸山の原を思うままに駈け廻って見たい。足下と手を携えて、と言いたいが、しかし久しい幽囚の身にとってそんな静かな散歩よりも激しい活動が望ましい。寒村などはどうしているか。
僕等の室の建物に沿うて、二、三間の間を置いて桐の苗木が植わっている。三、四尺から六、七尺の丈ではあるが、まだ枝というほどのものはない。何のことはない。ただ棒っ切れが突っ立っているようなものだ。それにちょっとした枝のあるものがあっても、子供の時によく絵草紙で見た清正の三本槍の一本折れたのを思い出されるくらいの枝だ。こんなのが冬、雪の中に、しかもほかに何にもない監獄の庭に突立っているさまは、ずいぶんさびしい景色だ。しかしこの冬枯れのさびしい景色が僕等の胸には妙に暖かい感じを抱かせた。棒っ切れがそろそろ芽を出して来る。やがてはわずかに二、三尺の苗木にすら、十数本の、あの大きな葉の冠がつけられる。その頃には西川が出よう。
うちのことについて、いろいろ書かなければなら
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