っと忘れたが何とかいう弁護士。和歌山附近では山田、楠井、津村。および春と菊。なお山田(東京)には米川へ、茂生には浅草の何とかいう家へ、猪へは他の名古屋附近の親類へ、それぞれよろしくと添えてくれ。
また、いろいろ世話になった人達へは、僕からよろしくと言って礼状を出してくれ。
なお、伸に、仙台や新発田で父がごく親しくしていた人達に大体のことを書いて安心するようにと言ってやるよう、伝えてくれ。
郵便の本は着いたか。差入れのものは来た。来月は早く面会に来い。
ドイツ文の本を何か頼む。ストリー・オブ・ゼ・ヒューマン・マシン(機械的心理学)、『帝国文学』の合本、『現代評論』の合本を差入れ願う。
この手紙にも書いた僕の出獄後のことは、いろいろうるさいから誰にも話しせずに、足下一人でその無形的の準備をして置いてくれ。僕の準備としては、フランスへ少し本を注文したいが、五十円ばかり都合できないか。
*
堀保子宛・明治四十三年二月二十四日
僕等の室の窓の南向きなこと、およびそれがために毎日二時間ばかり日向ぼっこができることなどは、いつか話したように思う。
こうして日向ぼっこをしながら仕事をしていると、何だか黒いものが天井から落ちて来る。見ると蝿だ。老の身をようように天井の梁裏に支えていたが、ついに手足が利かなくなって、この始末になったのだ。落ちて来たまま仰向きになって、羽ばたきもできずに、ただわずかに手足を慄わしている。指先でそっとつまんで日向の暖かいところへ出してやると、二分してようやく歩き出すようになるが、ついに飛ぶことはできない。よろばいながら壁を昇っては落ち、昇っては落ちしている。
これは十二月から一月にかけて毎日のように見る悲劇だ。毎朝の室の掃除には必ず二、三疋の屍骸を掃き出す。
横田が茅ヶ崎あたりにゴロゴロしていたのも、また金子※[#始め二重括弧、1−2−54]喜一君※[#終わり二重括弧、1−2−55]がわざわざ日本まで帰って箱根あたりをぶらついていたのも、要するにこの日向へつまみ出して貰っていたのだなどと思う。若宮もとうとうこの日向ぼっこ連にはいったのか。十年の苦学をついに何等なすことなくして、肺病の魔の手にささげてしまうのか。こんど出たら彼の指導の下におおいにソシオロジイの研究をしようと思っていたが、あるいはその時にはもうこの良師友に接することもできぬかも知れんのか。まず何よりも摂生を願う。足下もできるだけの手を尽して看護なり何なり努めてくれ。ただ横田のかわりに僕は寒村を得た。彼は目今失意の境にある。よく慰めてやってくれ。
きのうの面会の時には、足下が何となく元気のないように見えたが、どこかからだが悪いのか。あるいはいろいろ奔走に疲れたのか。それとも種々なる重荷に弱り果てたのか。
僕は、足下のこんどの処置については少しの不足もない。むしろ心中大いに感謝している。本当によくやってくれた。もし足下がいなかったらどうなったのだろうと思う。
会うたびに予算の金額が減ってくるので、したがって家政のこともかえなければならんが、子供等の処置についてなお一言しよう。
伸を下宿生活さすのはずいぶん不経済だが、若宮のところへ仲間入りをさせてもらうことはできんか。あるいは兄のところなり山田のところなり、食料付で置いてもらうことはできんか。来年試験を受けるとしても、はたして及第するか否かは分らんのだから、この四月には早稲田へでもはいったらどうだろう。それができなければ、兄とでも相談して何か手軽な職業をさがしてやってくれ。
僕はずいぶんながい間会わんので、彼の性行については何とも言えぬが、足下と彼との間にはまだ何となく意志の疎通がないように思う。従来、足下は彼については、母からの悪口のみを聞いている。彼もまた同様のことと思う。僕は初めからこの間を心配していた。なお、お互いによく努めてくれ。僕は、たとえ彼が如何様であっても、僕のできるだけのことは尽してやる考えでいる。また彼としてはこの際、自ら進んで他の弟妹等の世話のやけないように努めるのがその務めだと思う。これらのことは渡辺弁護士をでも通じて、彼に理解させて置いてくれ。
もし春が誰か一人引受けるとなれば、松枝よりは菖蒲でも頼んだらどうだろう。松枝は僕等の手ででもいくらでも嫁に行先はある。
勇は工場へでも出るというなら、家で食わして、その得る金はすべて本人の自由にさせたらどうだろう。それでも勉強もできよう。また、ためる気ならそれもできよう。その上、僕等はなおできるだけの力を尽してその望みを果させてやろう。
進はまだ静岡にいるのか。これは早くきまりをつけてやってくれ。
僕等夫婦は、元来親類間に非常な不信用であった。したがって僕は、親類に本当に親切気があるなら、こんどなど
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