この重荷を実際に負う足下としては、またいろいろ将来の細かいことを心配する女性の足下としては、ずいぶん心配なことと思う。僕もいろいろ考えて見た。目下僕が出獄後これに処する策は、大体次のような次第になる。
まず出版をやって見たい。これは足下もかねて望んでいるところだ。しかし、僕はこれを商売としてよりは、むしろ社会教育の一事業としてごく堅く真面目にやりたい。あるいはその方がかえって商売になるかも知れん。若宮の雑誌を機関としてもよし、また別に何か出してもいい。
第二に、出版は今言うがごとく純商売でないとすれば、何か別に生活の道がなければならぬ。これには出版と直接関係のある本屋をやるのも面白いと思う。いつかもこんな計画はあった。
しかし僕は、僕の今までの成行として、これもかつて計画はあった、支那の先生達の世話をするのがもっとも確実な、もっとも安全な、もっとも容易なことではないかと思う。すでに十分の信用はある、十分の同情はある、さらに僕も語学や何かを教えるという実利を加えれば、ほとんど申し分がない。少ししっかりした女中が居れば、足下にもさほど骨の折れることでもない。もしできるなら、僕の出獄後、すぐにこの業を少し大仕掛けにしてやって見たい。また、出版の方も、多少支那と関係のあるものをやって見たいと思う。
以上は足下を主とし、僕を客としての仕事だ。
僕は、前に言った雑誌が出せるなら、まずこの編集をやりたい。雑誌は『研究』くらいの大きさで、科学と文芸とを兼ねた高等雑誌にしたい。世の中は大ぶ真面目になって来た。真の知識、真の趣味の要求が、はなはだ盛んになっている。僕等が、実際の思想よりも数歩引き下がれば、ちょうどこの要求にもっともよく応ずるものになる。文学も多少僕等の時代に近づいて来た。僕等の思想なり僕等の筆致なりにシックリ合うアナトール・フランスなどいう連中が、大分もてはやされて来た。もし雑誌が出せぬとしても、僕はこの方面において大いに僕の語学力を発揮して、(三字削除)としての以外に旗上げをするつもりだ。
その他、何でもやれることはやる。そして二、三年間には、何とか家の基礎をつくりたい。僕のミリタリ・サーヴィスも、出獄後なお三年は延ばせる。
次は弟等の学校の撰択だ。
伸は語学校へとの望みのようだが、何科をやるつもりなのだろう。僕の思うには、語学校の卒業生は別に何かの才学のあるものの外は、実際において教師あるいは通訳の外にはほとんど役に立たぬ。もし語学に趣味があるようなら、早稲田の英文科でもやったらどうだろう。もっとも、必ずしも語学校は悪いと言うのではない。いずれにしても入学期は四月だ。急いでその準備をさすがいい。
松枝は三月まで今の学校にいて、四月には東京の何処かに転校して、そしていろいろ足下の手伝いをさせたい。
勇の学校の規則書を見ないので程度がよく分らんが、僕は次のように思う。この四月あるいは九月に、何処かの中学の三年か四年に入れたい。神田の正則予備校を始めその用意をする学校はいくらもある。また、各中学では、毎学期に盛んに募集をやる。そして中学校を終えて高等工業へでもはいる予定でいるがいい。もっとも中学へはいるよりは、他の多少専門的の同程度の学校の方が都合よければ、それでもいい。自分でよく調べて見るがいい。また、他に相談する人もあろう。
進は、もう中学校にはいってもいい頃と思う。近くもあり、また比較的整ってもいる早稲田がよかろう。
ともかく、みんなにできるだけ望みの専門学校をやらすつもりだから、よく勉強するように言ってくれ。
松枝と勇との手紙は見た。この項はそれぞれ読んできかすなり、また見せるなりしてくれ。
いつか話のあったように、もし兄が誰か世話してくれるというなら、一つ伸を頼んで見ないか。これならもう三、四年学校へやればモノになるのだし、中学も一番か二番で卒業しているのだから、相応のことはやると思う。もっとも、全部の世話でなくとも多少でもいいが。実際、六人の世話はとても僕等にはできない。またもし銀之丞から何とか言って来たら、誰でもいい一人頼むことにしたい。あれはごく正直な、そしてかなり裕福ないい農夫だ。これらのことはなお僕の出獄後いろいろ取計らうつもりだ。
まず大体の結末はついた。ついては、一応の始末を、主なる親族に報告せねばなるまい。うるさい親類交際もいやだが、ともかく義務だけは果して置こう。母の処分、遺産の処分、現在の生活、近き将来の生活(すなわち伸や松枝のこと)の大体を書いて、以後は僕等二人で引受ける、安心してくれ、なお僕等の手のとどかぬところは有形無形のお助けを乞う、というようなことにして、足下と伸との連名で出してくれ。東京では、山田、茂生。名古屋附近では猪、銀之丞、中村、中根、小塩、および名をちょ
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